能《玄象・初能之式》シテ尉/村上天皇 梅若実
ツレ藤原師長 井上裕久 姥 田茂井廣道 龍神 大江信行
ワキ従者 福王和幸 喜多雅人 中村宜成
アイ師長ノ従者 善竹隆司
藤田六郎兵衛→杉市和 大倉源次郎 山本哲也 前川光長
後見 片山九郎右衛門 橋本擴三郎
地謡 大江又三郎 河村和重 古橋正邦 浦田保浩
吉田篤史 梅田嘉宏 大江泰正 河村浩太郎
狂言《栗焼》太郎冠者 善竹忠一郎 主 善竹隆司
後見 上西良介
能《半蔀》シテ里女/夕顔 林宗一郎
ワキ僧 江崎正左衛門 アイ所ノ者 善竹隆平
杉市和 竹村英雄 谷口正壽
後見 橋本雅夫 河村浩太郎
地謡 河村晴道 味方玄 片山伸吾 浦部幸裕
松野浩行 宮本茂樹 河村和晃 樹下千慧
仕舞《錦木クセ》 浦田保親
《鐘之段》 河村和重
《項羽》 橋本光史
地謡 杉浦豊彦 河村博重 河村晴久 梅田嘉宏
能《雷電・替装束》シテ菅丞相/雷神 橋本忠樹
ワキ延暦寺座主 小林努 従僧 原陸 岡充
アイ能力 上吉川徹
森田保美 曽和鼓堂 石井保彦 井上敬介
後見 青木道喜 橋本光史
地謡 分林道治 吉浪壽晃 浅井通昭 味方團
深野貴彦 河村和貴 大江広祐 浦田親良
別会かと思うくらい、めちゃくちゃ豪華な例会。補助席もぎっしり。
能3番+狂言+仕舞という5時間半の長丁場だけれどどれも楽しく、京都観世会のレベルの高さを実感した会でした。
2階のショーケースには、秋らしい能装束の展示も。
能《玄象・初能之式》
ツレ・ワキが大勢登場する、珍しい小書のついたこういう曲は、いわゆる梅若実好み?
求心力のあるシテならではの、引き締まったまとまりと、ショー的な華やぎ。
【前場】
小書「初能之式(脇能之式:わきのうのしき)」なので、ツレ・ワキ・ワキツレの登場楽は、真之次第(?)でしょうか。大小鼓の掛け合いが見事。
この日は前川光長さんの太鼓が冴え渡り、掛け声も、音色も、美しく澄んでいた。わたしが好きな、すこし金属質の音色と高い掛け声。来序と出端の太鼓も吸い込まれそうだった。
久しぶりに聴く梅若実師の謡は、やっぱりさすがだ。観客の耳から入って脳へ、脳から心へと、謡がひたひたしみ込んでいくのを見計らうような間の取り方。
謡自体の長さは変わらないはずなのに、謡が描写する情景を観客が思い描き、味わうのを、計算に入れて謡っているように感じられる。
塩屋に入り、作り物のポールを握って波の音に耳を澄ますところは、昨年末に拝見した《景清》を思い起こさせる。
シテが少し面を伏せて波の音を聴く型はほとんど変わらないのに、なんだろう、この微かな違いは。
同じ型でも、《景清》では、老残の身の生々しさや個人的な懐旧の情を感じさせたのにたいし、《玄象》では、遠くの潮騒だけが聴こえてくる須磨の浦の静けさや、いにしえの王朝物語で光源氏が都を偲んで聴いたであろう波のざわめき、源氏自身の心のざわめき(=師長の焦燥感)さえもが、シテの姿から立ち昇ってくる。
シテが扇をバチに見立てて「ばらりからりからりばらり」と琵琶を掻き鳴らす所作は、写実的なあてぶりなのだけれど、なんともいえない詩情が漂い、師長に渡唐を思いとどまらせるだけの、妙なる調べを感じさせる。
〈後見とワキ〉
梅若実師は下居をされないため、立つか、床几に掛かるかのどちらか。
必然的に、後見の立ち働きが多くなる。
九郎右衛門さんの、後見の鑑のような働きぶりはいつも以上で、さりげなく、絶妙なタイミングで床几の出し引きをするだけでなく、水衣や狩衣の裾にシワができないよう、床几を支えながら、シテが腰を下ろす寸前まで、もう片方の手を装束の裾にあてている。
そして、ひとつひとつの所作や、すっと立ち上がる姿のきれいなこと!
後見の所作だけでも、鑑賞に価する。
鑑賞に価するといえば、ワキの福王さんの所作やハコビ、微動だにしない彫刻のような下居姿もことのほか美しく、高い技術を感じさせる(ただ、あまりにも品格があり過ぎて、従者ではなく、主君の藤原師長に見えてしまうという難点も)。
【後場】
早舞は小書のため、黄鐘早舞。
これは前場の、「師長の弾く琵琶の調子は黄鐘、板屋を敲く雨の音は盤渉だから、板屋に苫を葺いて調子を整えた」という流れとも符合する。
梅若実師は、わたしが観能をはじめたころにはすでに足腰が衰えていて、この日も(映像で観た全盛期に比べれば)身体の衰えは否めなかった。実師にとっての「老後の初心」「老後の工夫」というものはどういうものだろう? その点に注目して拝見していたのだが、わからなかった。
どちらかというと、体の衰えをカバーしようという方向ではなく、今の状態、いま現在のご自分の存在そのものをすべて肯定して、堂々とした貫禄で舞っているように見受けられた。
超満員の観客も、いまの実師の舞台を観に詰めかけているのだ。このままでいい。このままがいい。
これが、スーパースターのスーパースターたるゆえんだろうか。
存在感、器の大きさ、すべてが破格。
誰にも真似のできないスケールの大きさが、圧倒的な迫力で伝わってきた。
《半蔀》《雷電・替装束》につづく
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