リニューアルオープンしたセタブンの記念企画展第一弾は、自動人形からくり劇場アーティスト、ムットーニこと武藤政彦さんの大規模展覧会。
これは行かねば!と、帰京の折に訪ねてみました。
ムットーニ・パラダイスのサイトはこちら。
文学館の外観はとくに変わらず、子供のためのエリアが拡張された様子。
コレクション展では、江戸川乱歩愛蔵の村山槐多の油絵《二少年図》や、横溝正史中期の異色作『鬼火』の竹中英太郎作・挿絵原画も展示。
お銀の毒気・妖美をあますことなく描いた英太郎の画は時代の空気を映し出していて、大昔に読んだ『鬼火』のドロドロした陰湿な世界の記憶がよみがえる。
たしか、『蔵の中』の文庫本に入ってたはず。久々に再読したくなりました。
さて、お目当ての企画展「ムットーニ・パラダイス」。
お馴染みの作品から、初めて見る作品まで多彩な内容。
どれも大好きな作品ばかりなのですが、とくに気に入ったものを紹介します。
まず、いちばんのお気に入りは、2016年作《題のない歌》。
これは『青猫』に収録された萩原朔太郎の同名の詩にもとづく作品で、ムットーニの手にかかれば朔太郎の詩が哀愁漂うダンディな色彩を帯びて立体的に視覚化され、古い映画を観るような懐かしささえ感じさせます。
作品の着想減源となった詩は以下の通り、
南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つてゐる波止場の向うへ
ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた。
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈の高い野茨の上を飛びまはつた。
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎな情熱になやみながら
わたしは沈默の墓地をたづねあるいた。
それはこの
しづかに 錆びついた
戀愛鳥の
ムットーニのからくりシアターでは、詩のなかの言葉「夏草の生い茂った波止場」「赤錆びた汽船」「沈黙の墓場」をキーワードに場面が展開する。
場末の酒場。男が独り、ウイスキーのグラスを傾けている。
アルコールが心地よく体内をめぐり、その幻想のはざまで酒場の扉が開き、
一人の女が入ってくる。
気がつけばそこは、夏草の生い茂る波止場。
街灯に明かりが点り、汽笛が鳴って、赤錆びた汽船の巨大な影が近づいてくる。
そして、沈黙の墓地。
いつしか女の肩から白い翼が生え、女は戀愛鳥のミイラに姿を変える。
次の瞬間、汽船は遠ざかり、女の姿も消え、夏草の生えた地面は酒場の床となり、
男はまた独り、グラスを傾ける。
汽笛だけが遠くで鳴っていたーー。
何十回路ものアナログスイッチが場面展開や光のコントロールに使われ、その緻密さ・精巧さには息をのむ。
とりわけ酒場の床から夏草がふさふさと生える、その芸の細かさが凄い!
劇場となるボックス・シアター(箱型劇場)の前にはカメラが設置され、箱のうえの天幕にモノクロームの場面が映写されます。
もうひとつ、今回はじめて目にして印象深かったのが、
2015年作《アトラスの回想》。
これは天空を背負わされたアトラスの苦難に、中原中也の詩「地極の天使」に絡めて制作されたもの。
ムットーニの作品では、詩の一説「マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃うべきわが従者!」の言葉のごとく、アトラスの背負う天空がパカッと二つに割れ、夜と昼に分かれた球体のなかから有翼の天使が現れる。
日常の象徴である木箱とレトルト(錬金術などで用いられたガラスの蒸留器具)を手にもつ天使は、足元のミラーボールを煌めかせながら、天空へと舞い羽ばたく。
わたしが訪れた日には、5月中旬までしか展示されない《エッジ・オブ・リング》、《プロミス》(ドラキュラの花嫁がテーマ)、《ビー・マイ・ラブ》の三作も展示されていました。
その光と陰影が織りなす世界にひたすら見入り、甘美な陶酔感にしばし耽溺。
こういう夢のような美しい世界は、魂の糧ですね。
6月3日から最新作《ヘル・パラダイス》も展示されるとのこと。
(現在、鋭意制作中らしい。)
来月、できればもう一度訪れてみようと思っています。
お庭の池には鯉がいっぱい! |
新緑がまぶしい |