2020年1月24日金曜日

片山九郎右衛門さんの「京の冬の旅」~The Graceful Days in Kyoto

もうご存知かと思いますが、令和2年冬のJR「京の冬の旅」ポスターの顔は、今をときめく観世流シテ方・片山九郎右衛門さんです。

2020年「京の冬の旅」ポスター

九郎右衛門さんが背にしているのは、この冬特別公開される泉涌寺塔頭・新善光寺の襖絵《鞨鼓楼図》。狩野周信筆のこの障壁画は、音楽をたのしむ玄宗皇帝と楊貴妃を描いたものです。

泉涌寺には有名な楊貴妃観音が安置されていることもあり、「京の冬の旅」のポスターにも、九郎右衛門さんが能《楊貴妃》を舞った時のものらしき写真が添えられています。

こうした「楊貴妃づくし」の演出とともにJRが打ち出したキャッチコピーが「The Graceful Days in Kyoto」。
みやびで優雅な京の冬の旅は、九郎右衛門さんの所作や舞姿の雰囲気とオーヴァーラップします。



今月のJR西日本のおでかけ情報紙『西Navi』には「能楽師が愛してやまない雪景色と京都・冬の色」と題して、九郎右衛門さんが五感で感じた冬の京都の魅力が紹介されています。

たとえば、空気の澄んだ冬ならではの大鼓や太鼓の美しい高音、能の雪景色の場面での透明感のある声の出し方、日吉大社の「一人翁」のこと、うっすら雪が積もった祇園町をぼんぼりの明かりに照らされながら着物姿の女性の歩く風情など、京の厳しい冬の空気感や京の暮らしに根ざした情景が伝わってきます。

なかでも印象に残ったのが、褪色した装束の醍醐味。
「あと一回使ったらだめになるんじゃないかというくらいの状態が、とてもきれいなんですよ」と、九郎右衛門さんは言います。

昔の天然染料で染め上げられた藍色の装束は、褪色すると色が薄くなるのではなく、緑みを帯び「頬ずりしたくなるようなきれいな色」になるのだとか。

インタビューの最後に、九郎右衛門さんがお薦めする「冬ならではの京都の色」についてこんなふうにおっしゃっています。

「早朝の、ほとりに雪の積もった鴨川の美しさは格別。朝日が射し込むと、雪に囲まれた水面が反射していろんな色に見えるんです。雪に喧騒は似合いません。雪の舞い始め、辺りがしんしんと静けさを増す頃に出かけてみれば、冬の京都の別の顔に出合えるかもしれませんよ。」


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近年は暖冬つづきで、東山魁夷の《年暮る》のような、雪の積もった京都にはなかなかお目にかかれませんが、わたくし(夢ねこ)が思う京都の冬の魅力は、学生時代に訪れた冷泉家の凍てつく寒さ。
サッシ窓もなく、暖房もない、底冷えする生粋の京の寒さ。重要文化財に指定された最古の公家住宅で暮らすことの意味を、身をもって体験した京の冬でした。


最近は自分の時間が持てず、趣味の外出もままならない状態ですが、この冬、ひさしぶりに泉涌寺を訪れてみたくなりました。

冬らしくない冬だからこそ、つかのまの京の冬の魅力を味わいたいものです。




2020年1月3日金曜日

京都能楽会 新年奉納2020~平安神宮

2020年1月1日(水)平安神宮神楽殿

《翁 日吉式》浦田保浩
 千歳 林宗一郎 三番三 茂山忠三郎
 森田保美 林吉兵衛 大和 大輝
 渡部諭
 
仕舞《高砂》今井克紀
  《八島》廣田泰能

仕舞《田村クセ》片山伸吾
  《東北クセ》吉田篤史
  《岩船》  大江信行

狂言小舞《三人夫》網谷正美
 松本薫 丸石やすし

装束付舞囃子
《猩々》金剛龍謹
 ワキ 小林努
 杉信太朗 吉阪一郎
 谷口正壽 前川光範
平安京大内裏応天門の縮小版・平安神宮の應天門

本年もお参りさせていただきました。

昨年は金剛流の《翁》「神楽式」でしたが、今年は観世流なので「日吉式」です。

2年前にも書きましたが、もう一度おさらいすると、「日吉式(ひえのしき)」というのは、日吉大社のひとり翁にちなんでつくられた小書だそうです。

この小書では、翁も三番三も面をつけず、三番三は揉ノ段だけで、鈴ノ段はカットされます。また、通常は翁だけが正先で拝礼しますが、日吉式では、翁・千歳・三番三の三人で礼をします。

翁(父尉)・千歳(延命冠者)・三番三という、三人翁の要素もあるかもしれません。民俗芸能の翁舞と伝統芸能の《翁》の色彩が折衷された神事能らしい《翁》でした。


林宗一郎さんの千歳がなんとも魅力的で、個性を生かした爽快で清涼感のある舞でした。
もう名門の御当主となられたので、おそらく今後は翁を舞う機会が増え、千歳役は徐々に少なくなっていくのでしょう。そう思うと、宗一郎さんの千歳舞が貴重なものに感じられます。

林吉兵衛父子の小鼓は、さすがに息が合ってますねぇ。
そして2年前にも感じましたが、渡部諭さんの揉み出しがなんともカッコいい。平安神宮の三番三では、渡部諭さんと、お師匠様の谷口正壽さんが年替わりで交互に大鼓を勤められるようですが、お二人とも好みの芸風なので、彼らの三番三を聴くのも楽しみのひとつです。



狂言小舞《三人夫》
平安神宮新年奉納での狂言小舞は毎年《三人夫》なのかな?
昨年は茂山千作さんが舞われていました。御簾の蔭で転倒されたのを昨日のことのように思い出します。病を押してのご出演だったのでしょう。ふらつきながらも、年輪を感じさせる風格のある舞姿でした。なつかしいです。時は移り変わっていきますね……。



帰りに、大切な人のためにお守りをいただいてきました。
平安神宮といえば、左近の桜に右近の橘。その桜色をした美しい勾玉のお守りです。病気平癒の御利益があるそうです。
どうか病が癒えて、平穏で安らかな日が訪れますように。





2020年1月1日水曜日

京都観世会「謡初式」2020年

2020年1月1日(水)京都観世会館
鏡餅の正月飾りと注連縄が張られた能舞台
舞囃子《高砂》  片山九郎右衛門
仕舞《鶴亀》   井上裕久
  《田村クセ》 大江又三郎
  《東北キリ》 橋本擴三郎
  《放下増小歌》浦田保親
  《小鍛冶キリ》林宗一郎
舞囃子《羽衣》  杉浦豊彦
狂言小舞《雪山》 茂山忠三郎
舞囃子《猩々》  河村晴道
祝言《四海波》  全員


令和二年、明けましておめでとうございます。

今年も元日から謡初式&翁を観覧できて、晴れやかな新年の幕開けでした。

じつはこの日、大晦日から近所で除夜の鐘が何時間も鳴り響いたおかげで(わが家の周囲はお寺だらけ)、ほとんど一睡もできないまま観世会館へ行ったのですが、九郎右衛門さんの《高砂》を観ているうちに滝に打たれたようにシャキッと目が醒めてきて、年明け早々「活」を入れていただきました。

九郎右衛門さんはいつもにも増して、厳しく精悍な表情。新たな年への固い決意がうかがえます。

仕舞で印象深かったのが、林宗一郎さん。
隙のないシャープなキレ味の舞に、さらに磨きがかかったよう。2回連続の飛び返りも、フィギュアスケートの4回転ジャンプをみるような鮮やかさ。

宗一郎さんが御当主となり、新たな試みが盛り込まれつつある林定期能も、今年で百周年を迎えるそうです。
2月には《翁》と《日觸詣(ひむれもうで)》(十世林喜右衛門玄忠作の神能)のシテを勤められるとのこと。きっと宗一郎さんにとってさらなる飛躍の年となることでしょう。大いに期待しています!


河村晴道さんの《猩々》もよかった!
いつもながら、この方の舞姿にはいかにも京都らしい、首の細い水鳥のような優雅さと気品がある。
今年12月の林定期能では河村晴道さんの《定家》が予定されている。なんとか都合をつけて、拝見できるといいな。


最後は、京都観世会シテ方全員による《四海波》。
「四海波静かにて……」
年々、この詞の重みが増してくる。静かな波、穏やかで平安であることの有難さ。
どうか枝を鳴らさぬ、平和で健やかな一年でありますように。

今年は20代の若いシテ方さんも何人か加わり、並びきれないくらいの大人数が舞台に上がった。高齢化+人口減少の著しい日本にあって、「若手が増えて舞台にのりきれないくらい」というのは凄いことだと思う。

黒紋付袴の能楽師さんたちがずらりと勢ぞろいした京都観世会の舞台は、毎回のことながら壮観。今年はとくに若手の方々の存在がなんともおめでたく、明るい希望を感じさせたのでした。