番外仕舞《高砂》 樹下千慧
《田村キリ》河村浩太郎
舞囃子《難波》《敦盛・二段之舞》《須磨源氏クツロギ》
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大 小寺眞佐人
能《猩々》シテ社中の方、ワキ殿田謙吉
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大 小寺眞佐人
素謡《道成寺》シテ社中の方、林宗一郎
河村和貴 河村和晃 茂山良暢
舞囃子 《山姥・立廻》
《江口》 《船弁慶・後》
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大 小寺眞佐人番外仕舞《井筒》林喜右衛門
《殺生石》林宗一郎
番囃子《楊貴妃》 宝生欣哉
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大
番外仕舞《国栖キリ》 河村紀仁
舞囃子《右近・破之舞》《松風》《砧・後》
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大 小寺眞佐人
番外仕舞《松虫キリ》 河村晴久
《班女・舞アト》 河村和重
番外能《羽衣・彩色之伝》 シテ河村晴道 ワキ宝生欣哉
藤田六郎兵衛 吉阪一郎 河村大 小寺眞佐人後見 味方團 川口晃平
地頭 林喜右衛門
附祝言
とっても楽しみにしていた河村晴道師の社中会。
地謡はもとより囃子方も笛・大小鼓を名古屋・京都から呼び寄せるという贅沢さ。
見所は終始ほぼ満席の盛況ぶりでした。
スタートは、樹下千慧さんと河村浩太郎さんの番外仕舞から。
去年の東西合同研究発表会で舞囃子を拝見した時から気になっていたお二人。
樹下さんは去年よりもさらに身体の芯が強化されてしなやかさが増し、
浩太郎さんも力強さがアップして、それぞれに見る者を惹きつける魅力的な舞だった。
この年代がめきめきと着実に芸を磨いているのが何よりも素晴らしい。
独吟を挟んで舞囃子3番。
この日のお囃子は藤田六郎兵衛師、吉阪一郎師、河村大師、小寺真佐人師だけで
舞囃子9番、能2番、番囃子1番を勤めるという相当ハードなもの。
とくに笛と大鼓はヘロヘロになってたんじゃないかなー。
とはいえ、東京でこのメンバーで拝見するということはめったにないので
見る側としては大変有り難い。
とりわけ河村大師は、映像以外では初めて拝見するので興味津々。
石井流大鼓自体、初めてかもしれない。
化粧調べを膝の後ろに垂らすところは高安流に似ている。
打ち方は、葛野流の忠雄氏のようにドライブを効かせて打つのではなく、
かといって、高安流の柿原師のように腕を真っ直ぐに伸ばして
鼓に吸い込まれるように打つのでもなく、
手のひらを前後にひらひらしならせて打つ。
もしくは大倉流の山本哲也師のように、お仕置き系というか、
お尻ペンペンするような打ち方も時折見られるが、
これは同じ地域で活動するうちに自然に受ける影響の結果かもしれない。
手組については分からないけれど、石井流独特の手もいろいろあるのだろう。
打音は高安流・葛野流に比べて角のとれたソフトな音色。
掛け声は、下顎を大きく下に引いて出す、
どこか引き延ばすような粘りのある掛け声だけれど、これは石井流というよりも
河村大師独特のものかもしれない。
さて、能《猩々》や素謡《道成寺》を経て、林父子の番外仕舞。
喜右衛門・宗一郎父子に注目したのは、ちょうど観能を始めた2年前に宝生能楽堂で開かれた社中会で喜右衛門・宗一郎による番外舞囃子《乱・双之舞》を拝見したときから。
相舞なのにゴーイングマイウェイ的な、それぞれの個性、カラー、テンポが際立つ舞いっぷりと、「不調和の美」ともいうべき不思議な魅力に衝撃を受けたのだった。
仕舞《井筒》 林喜右衛門
これほど哀切を帯びた、陰影の奥深い《井筒》を見たのは初めて。
「しぼめる花の色なうて匂ひ残りて」で
スローモーションのようにゆっくりと下居し、扇で顔を隠す。
その一瞬ごとに、色彩がしだいに薄れてモノクロの世界に変わってゆくよう。
花も女もやがて萎れて色褪せてゆく、
とらえどころのない美のうつろいや儚さが表現された仕舞だった。
仕舞《殺生石》 林宗一郎
宗一郎師は、東西合わせてシテ方三十代部門で群を抜いていると思う。
一言でいうと「凄い!」。
隙や気のゆるみというものがまったくない。
ダイナミックで見事なフォームの飛び返りをしても呼吸がまったく乱れない。
鋭利な名刀のような切れ味の芸の技。
将来名人になる人って、おそらくこういう人なのだろう。
格や次元がまるで違う。
以前、坂口貴信之會で観世流の若手シテ方10人が仕舞を舞ったのだけれど、
その中で宗一郎さんと関根祥丸さんだけは別格だった。
(国立能楽堂主催の公演もこういう実力のある若手をもっと出してほしい。)
番外能《羽衣・彩色之伝》
初めて拝見する河村晴道師の番外能。こちらも楽しみにしていました。
ワキは宝生欣哉師。 ワキツレは連れずに一人で登場。
一声と名乗りの後、(時間短縮のため?)下歌・上歌はカットして、橋掛りの欄干に掛けてあった美しい衣を発見、持ち帰って家宝にしようとします。
そこへ揚幕の中から「のうその衣はこなたのにて候」という声。
「それは天人の衣とて」でようやく幕の中から姿を現したシテは、
後光が射しているようなそれはそれは美しい天女でした。
シテの晴道師は細身で背が高いので、朱地藤模様縫箔を腰巻のモギドウ出立の胸に
補正をいっぱい詰めたその姿は、ボン・キュッ・ボンのグラマーな八頭身の現代風天女。
面の増女もシテのスリムな体格に合う、目鼻立ちのはっきりした超美形。
白蓮の天冠をつけているため余計に背が高く見え、
髻を高く結いあげた、少女のように可憐で美しい鞍馬寺の定慶作・聖観音に似ていて、
うっとりと見入ってしまう。
とはいえ、お能では縦長体型でなおかつ天冠をつけていると、
遠心力が働いて重心が取りづらく、身体のバランスが時折若干崩れがちだった。
(おそらく疲労もあったのかも。アウェイでの大規模社中会の最後に自身がシテとなって
能1番を舞うというのは並大抵の気力・体力ではないと思う。ただただ、敬服!)
物着(後見の團さんは装束付けが上手い)の後、
シテはプラチナカラーの立涌地紋舞衣姿となり、クリ・サシ・クセは抜いてさっそく序ノ舞。
艶やかな舞姿に、六郎兵衛師の盤渉序ノ舞が冴える。
その後、橋掛りでイロエ。
地謡も本会全体を通じて強吟・弱吟ともに味わい深く(情感豊かな弱吟はとりわけ秀逸)、
モデルさんのように容姿の美しい21世紀型の天女を堪能。
京観世・林一門のレヴェルの高さをあらためて実感しました。
社中の方々も皆さんお上手で、舞囃子《松風》と《砧》を舞われた方はとくに素晴らしかった。
素敵な社中会を拝見させていただきありがとうございました。
追記:大鼓の河村大師を初めて拝見すると書いたけれど、
拙ブログを検索してみると、京都観世会館で拝見済みだった。
九郎右衛門さんに意識が集中しすぎて、他がまったく見えていなかったみたい……。