都内の主な能楽堂をはじめ代々木能舞台、杉並能楽堂など、それぞれに味わい深い趣があります。
でも、東京で唯一訪れたことのなかったのがこの銀座能楽堂。
先日、ここで狂言方・奥津健太郎さんの社中会があったので、拝見させていただきました。
銀座能楽堂ビル外観 |
1972年に竣工したこのビルは国立能楽堂や梅若能楽学院の設計で知られる建築家・大江宏によるもの。
70年代初期という時代思潮を反映してか、
大江らしい昭和モダニズムの中にも、どこか自由でポップな遊び心が感じられます。
眺めているだけで心が浮き立つキュートな外観♪
おずおずと狭い雑居ビルの中を入っていくと、このような看板が。
エレベーターで9階まで上がり、階段で半階分くらい降りたところに、
ごくごく小さなロビーらしき空間があります。
ごくごく小さなロビーらしき空間があります。
ロビーの横には、さりげなく和風テイストを取り入れた喫煙室。
脇正面から見た能舞台 |
見所には段差が多く、時代を感じさせます。
正面席から見た能舞台 |
狭い入り口が一箇所しかないため、閉所恐怖症には辛い空間。
(大地震が起きたら避難経路が確保できず、床几倒しになるかも……。)
ここの座席で面白かったのは、
新幹線や飛行機の座席のように背面収納のテーブルがついていること。
謡本を広げて置くためのものなのだろうか。
(まさかお弁当を食べるためじゃないよね?)
いずれにしろ、
狭い雑居ビルの最上階に能楽堂を建設した設計者の苦心と工夫に脱帽です。
肝心の社中会は、狂言をお稽古されているお子様たちがメインだったのですが、
皆さん、発声や姿勢も素晴らしく、何よりも溌剌・のびのびと演じていらっしゃって、
狂言素人の夢ねこでもとても楽しめました。
きっと奥津師にはお子さんの才能と可能性を引き出す力があるのでしょうね。
奥津さんの御子息もまだ小学生なのに後見も立派に勤められていて、
すでにプロフェッショナルな風格が。
最後は番外小舞として、野口隆行師の《熊野道者》、奥津健太郎師の《七つになる子》を拝見し、
《靭猿》の附祝言で締めくくり。
初めていった能楽堂で初体験の狂言方社中会という初めて尽くしの楽しい会でした。