能《玉井》
お目当てはツレ三人と三役。
とくに、前川光長師×ナリタツさんの組み合わせは東京ではめったに拝見できないので(5月のテアトル・ノウでも観る予定)必見だ。
ワキの登場は「半開口」の囃子。
笛の音取と小鼓の置鼓の交互の掛け合いが聴きどころなのだけれど、笛と小鼓との力関係がややアンバランス。
鼓の音色と充実した掛け声が冴える。
欣哉さんのハコビは影法師が滑るようで、天孫族のプリンスの降臨もかくやらんと思わせる。
着きゼリフのあと、ワキが、《高砂》の真ノ次第の幕際でやるような、両腕を広げて爪先立ち、かかとを下ろす型を正中あたりでしていたのが印象的だった。
大きな鳥が両翼を広げて降り立つようなこのしぐさは荘重というよりも、どこかユーモラスで可愛らしい。
(天野文雄説によると、この所作は、パトロンだった室町将軍への恭礼だったのではないかとのこと。
ほんとうのところはどうなのだろう。)
ワキの彦火々出見尊が籠に乗って波路を進み、たどり着いた「わたつみの都」には、高い門の前に玉のように輝く井戸があった。
尊は、そのほとりの枝葉が生い茂る桂の木の陰に身を潜めて様子をうかがう。
そこへ真ノ一声の囃子とともにツレの先導でシテが登場する。
ツレの玉依姫に扮する佐々木多門さんは初めて拝見するけれど、
ハコビも立ち姿も謡いもみずみずしい美しさであふれ、
ツレの独吟の時だけ、雲が晴れたように舞台がパッと明るくなるという不思議な現象が起きていた。
この姿にツレ面ではもったいない。
尊と豊玉姫の結婚後、あっというまに3年の月日が過ぎ、尊は陸上の故国へ帰ることになる。
そして、いよいよ前川光長師の出番。
中入の時の来序が、この日の囃子の中ではいちばんよかった!
品のある端正なバチ捌き。
御子息の光範さんが、腕をまっすぐに伸ばして、時計仕掛けのからくり人形のように
タカタカタカタカーッと超人的な腹筋で打ち、絶叫のような掛け声をあげるのに対して、
光長師は無駄な力を抜いて、腕をしなやかに撓らせるように打つ。
どちらがいいというのではなく、それぞれの年代に応じた魅力をもつ大好きな太鼓方父子だ。
それと、気づいたのは、左脇に置いていた太鼓を自分の前に出す際に、光長師は太鼓を引き摺らずに、軽く持ち上げて移動させるということ。
太鼓を脇から前に移動させる際に引き摺る摩擦が気になっていたので(太鼓方がいつも同じ場所を擦るため、檜床に摺り跡がついてしまわないかと思ったのだ)、その繊細な配慮に光長師の芸の細やかさと能舞台に対する敬意を見た気がした。
前シテ・ツレの退場後、来序に乗って間狂言のオモアイ・サザエの精が登場し、これまでの経緯を語る。
サザエの精に続いて、四人の貝の精たちも登場(萬斎さんが先頭で、その次がおたふくの面をつけた女貝役の深田さん)。
神の婚礼にあやかって貝たちの酒宴が始まる。
間狂言そのものよりも、謡や舞を交えたにぎやかな酒宴をクールに見つめるポーカーフェイスの地謡・囃子・ワキ方と、はしゃぎまわる貝たちとの対比がシュールで可笑しい。
さて、間狂言の退場後、出端の囃子で、それぞれ潮満玉・潮干玉を捧げた豊玉・玉依姫が登場。
透明な緑色と金色の玉の小道具は初めて見るけれど、アクリルか何かでできているのだろうか。
豊玉姫は万媚の面に天冠、紫の長絹、緋大口。
玉依姫は小面の面に天冠、紅の長絹、白大口。
若々しく愛らしい印象の姫宮姉妹の登場で、舞台は一気に華やかに。
さらに、大ベシの囃子で後シテ・海神の登場。
(もっと重々しい太鼓を期待していたけれど、この時は軽め。)
悪尉の面に、目を見張るように大きな大龍戴をいただき、袷狩衣に半切姿。
ヨーダがつくような鹿背杖をつき、尊が探していた釣針を持っている。
シテの身体の震えが神がかった魔力を醸し出し、もはや前場で感じたような違和感はみじんもない。
心地よい眠気を誘う天女の相舞のあと、《玉井》特有の静かな舞働で、わたつみの宮主たる老竜王が厳かに舞う。
(後シテの登場から舞台が徐々に間延びしていったけれど、いたしかたない。)
ワキ、ツレ、シテの退場の後、いつものように地謡、囃子方も退場。
光長師の退場は実に見事で、舞台の幕引きにふさわしい厳粛な儀式を見ているよう。
坐する佇まいの美しさと品格の高さでは元伯さんと東西の双璧を成している。
みんなで謡おう! 《高砂》
前ツレ玉依姫の装束から紋付袴に着替えた佐々木多門さんが講師を担当。
(必要に迫られてのことだろうけれど)能楽師さんってみなさん、お話もうまいし、教え方もうまい。
息を吐き切ってから息を吸って謡い出す、とか、お腹を引き締めて背筋を伸ばし、顎を引いて謡うとか、説明もていねいですごくわかりやすい。
御指導通りに謡ったら、普段自分の話す声とはまったく違う、自分の声とは思えないような太く大きな声が胎の底から出た感じで、新鮮な驚きと感動!
胸が開いて、頭もスッキリ、もやもやしたストレスも吹き飛ぶ。
謡う楽しさが少しだけ分かった気がする。
とても良い企画だと思うので、年に1度といわず、余韻に浸らずにサクッと終わる脇能や切能の後で、他の祝言曲の「みんなで謡おう!」シリーズを各流派で行えば、格好のPRになるのではないだろうか。
お正月らしい楽しい公演でした。
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