2018年11月19日月曜日

片山九郎右衛門の《小鍛冶・白頭》~高槻明月能

2018年11月16日(金)18時40分~21時 高槻現代劇場
一調《杜若》・狂言《二人大名》からのつづき
現代劇場のお隣り、野見神社境内の四社明神(稲荷、福神社、磐神社、祖霊社)には、お稲荷さんがいっぱい!


能《小鍛冶・白頭》シテ 片山九郎右衛門
    ワキ 福王知登 ワキツレ 喜多雅人
    アイ 野村太一郎
    森田保美 林吉兵衛 山本哲也 井上敬介
    後見 青木道喜 橘保向
    地謡 古橋正邦 浦田保親 味方玄 片山伸吾
       分林道治 大江信行 橋本忠樹 梅田嘉宏

↑ホールに設けられた特設舞台はこんな感じ。


九郎右衛門さんがプロデュースした高槻明月能は、ホール能の特性を生かし、能楽堂にはない制約を逆手に取った、意外性のある演出だった。

以下は、銕仙会で観た九郎右衛門さんの《小鍛冶・黒頭》と比較しながらの感想です。



【前場】
前シテの出。
銕仙会の「黒頭」では、シテが気配を消したまま、いつの間にか橋掛りに立っていて、三の松で「のうのう」の呼び掛けがあった。

いっぽう、この日の「白頭」では、(揚幕がないため)舞台袖の奥から「のうのう」と呼び掛けがあり、かなり間をおいてから、シテの出となった。
(忽然とあらわれる出現法は、すでに常連客には予測可能だから?)

前シテの出立は「黒頭」のときとよく似ていて、オスベラカシに喝食系の面(大喝食?)、手には稲穂。
ただし、銕仙会の「黒頭」では縫箔腰巻のモギドウ姿だったが、この日の「白頭」では縫箔着流に墨色の水衣という出立。

中入前に、「御力をつけ申すべし、待ちたまへ」と宗近を励ますところは、「黒頭」のときと同じくワキのほうを向いて、橋掛りの欄干に寄りかかる。
ただし、この日は、領巾振る松浦佐用姫のように情感を込めて宗近に手を差しのべる表現はなく、比較的あっさりしていた。


【間狂言】
野村太一郎さんの間狂言は、まさに王道!
この方が野村万蔵家を嗣がなかったのか残念でならないが、芸風は万蔵家の、野村萬師の正統な芸系を、たしかに、しっかりと受け継いでいる。
毅然としつつ、着実に修業を積み、研鑽を重ねた結果が、この日の見事な間狂言だったと思う。
こういう意欲にあふれ、才能と花のある方にこそ、もっと舞台に立ってほしい、もっと舞台の機会を増やしてほしいと切に願う。

心のなかで500人分の万雷の拍手を送った。


【後場】
宗近が鍛冶壇に上がって祈願するところでは、舞台の照明が落とされ、暖色系のアップライトだけがワキの姿を下から照らし、あたかも鍜治場の炎の前で幣を振って、祈りを捧げているような、ちょっと不気味で、臨場感あふれる演出が用意されていた。

「骨髄の丹誠、聞き入れ」くらいから、ピカピカッと稲光のような照明が入り、いきなり後シテが登場!

「えっ? 早笛が入らずに、シテの登場??」

と思っていると、舞働調の短い囃子が入り、そこからワキの「謹上再拝」となって、シテは再び舞台袖へ姿を消す。

「ん?」

と思ったっ瞬間、片ヒシギが鳴り、早笛の囃子が始まり、後シテが勢いよく再登場!

照明が一気にパアッと明るくなり、白ずくめのシテの装束にまぶしいくらい反射する。

この登場の仕方がかっこよくて、テンションMax!

このステージには揚幕がないので、本来なら半幕でシテの姿をチラ見せするところを、シテがいったん橋掛りに出て、再び舞台袖に下がる、という演出に置き換えたのだろうか。(*追記参照)

後シテの面は、泥飛出かな?
メタリックな面がまばゆい照明を反射して、ステージ映えする。

シテがサッと登場して欄干に足をかけるところでは、仮設のシテ柱がグラグラッと動き、一瞬ヒヤッとしたが、白頭の位らしくどっしりとした舞働は、どこか狐らしい敏捷性も感じさせ、重みと軽みのさじ加減が絶妙だった。

最後は、シテが三の松(のあたり)で留。
ワキツレ橘道成が、小狐丸を大事そうに捧げ持って退場した。


ホール能の定めで、謡がマイク越しなのは残念だったけど、それ以外は凝った演出で楽しい舞台だった。



*追記:思い返せば、半幕の代りに三の松まで出て、その後ふたたび早笛で登場する演出法は銕仙会の「黒頭」の時もあったから、揚幕のない今回のステージに合わせた演出ではなかったのかもしれない。







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