2018年11月18日日曜日

高槻明月能 ~一調《杜若》・狂言《二人大名》

2018年11月16日(金)18時40分~21時  高槻現代劇場

現代劇場に隣接するカトリック高槻教会と高槻城主の高山右近像

【番組】
プレトーク 井上由理子

一調《杜若》井上敬介×片山九郎右衛門

狂言《二人大名》シテ 野村萬斎
    アド 岡聡史 小アド 内藤連
    後見 野村太一郎

能《小鍛冶・白頭》シテ 片山九郎右衛門
    ワキ 福王知登 ワキツレ 喜多雅人
    アイ 野村太一郎
    森田保美 林吉兵衛 山本哲也 井上敬介
    後見 青木道喜 橘保向
    地謡 古橋正邦 浦田保親 味方玄 片山伸吾
       分林道治 大江信行 橋本忠樹 梅田嘉宏



高槻城址に建つ高槻現代劇場。
劇場の両サイドにはカトリック教会と神社が建ち、近くには歴史館や城跡公園があって、なかなか面白い場所だ。
この日は5時まで、しろあと歴史館で「藤原鎌足展」を観ていて(「多武峰曼荼羅」の展示がずらり!)、6時過ぎの開場まで劇場ロビーで本を読んでいた。

ふと気がつくと、大鼓と太鼓の音がかすかに聴こえてくる。
どうやら地階のホールで能楽公演の申し合わせをしているらしく、時おり、九郎右衛門さんの足拍子も聴こえてくる。
耳を澄ますと、早笛と舞働のあたりを念入りにリハーサルしているようだ。どんな舞台になるのか、期待が高まりワクワクする!



一調《杜若》
九郎右衛門さんの一調。亀井広忠さんとの《勧進帳》はTVで聴いたことがあるけれど、生で聴くのは初めて。この日は声の調子も絶好調だった。

九郎右衛門さんの謡は、「息」そのものが波動となってさざ波のように広がり、聴く者の身体と心にダイレクトに作用する。

詞章の意味が分からなくても、能の予備知識がなくても、波動によって相手の感覚に直接はたらきかける。感度の高い人なら誰もがなにかを感じとり、なにかが心に響いてくる、そんな謡だと思う。

お相手は、観世流太鼓方の井上敬介さん。この方の格調高い太鼓もとても良かった。良い一調だった。

それでも、
観世流の太鼓を聴くと、元伯さんのことをどうしても思い出してしまう。
元伯さんの《杜若》、とくに舞囃子の《杜若》はそれこど数えきれないほど聴いた。
あれ以上の《杜若》の太鼓を聴くことは、この先あるだろうか。

その元伯さんと九郎右衛門さんとの「夢の一調」が実現していたら、どんなにか素晴らしかっただろう!
現実の一調を味わいながら、叶わなかったもうひとつの一調を心のなかで聴いていた。





狂言《二人大名》
人手不足のため、通りがかりの男に太刀を持たせた二人の大名。
「武士の命」ともいえる太刀を行きずりの男に持たせるなんて、完全に平和ボケ。

男は大名たちが油断したすきに、太刀を抜いて二人を脅し、小刀と素襖を取り上げる。
この太刀を抜いたときの、萬斎さんの構えがじつに美しい。

ふつうならば大名たちはまだ小刀2本と太刀1本を持っていて、剣術の心得もあるはずだし、多勢に無勢、一般庶民が太刀を抜いたところで、相手が刀に慣れていないへっぴり腰の男なら、そう恐れることはないはずだ。

しかし、太刀を抜いた男の構えを見て、自分たちが二人でかかっても、かなう相手ではないことを、大名たちは即座に悟ったのだろう。
そうした3人の心理描写を観る者に納得させるような、萬斎さんの剣の構えだった。

男から「起き上がり小法師」の物真似を命じられた大名たちは、「起き上がり小法師」の小謡やだるま転がりをしているうちに、興に乗ってくる。そのすきに、男は素襖と刀を奪い去ってゆく。

人手不足だからといって、安易な道を採るとトモデモナイことになるという、現代にも通じる戒めかもしれない。


《小鍛冶・白頭》へつづく






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