2019年5月28日火曜日

能《藤戸・蹉跎之伝》~京都観世会五月例会

2019年5月26日(日)11時 京都観世会館
《夕顔・山ノ端之出・法味之伝》からのつづき
能《藤戸・蹉跎之伝》橋本雅夫
 佐々木盛綱 殿田健吉
 従者 則久英志 梅村昌功
 下人 茂山千三郎→茂山逸平
 森田保美 成田達志 山本哲也
 後見 井上裕久 杉浦豊彦
 地謡 河村晴道 味方玄 浦田保親
   分林道治 深野貴彦 大江泰正
   大江広祐 樹下千慧



この日の最高気温は34度。
暑いといえば暑いけれど、京都の暑さはまだまだ序ノ口。それよりも、能楽堂内の冷房の効きすぎ&乾燥は、病み上がりにはこたえてしまう。。。
なんとか持ちこたえるか?、と願っていたのに、《藤戸》の最後の最後で咳の発作が出てしまい、周囲の方々には多大なご迷惑をおかけしました。
隣の女性に睨まれてしまったけれど、にらまれて当然です。ほんとうにごめんなさい! 演者の方々にも深くお詫びを申し上げます。



さて、《藤戸・蹉跎之伝》。
ワキの殿田さん、ワキツレ則久さんは、昨年末に大槻能楽堂で観た友枝昭世さんの《藤戸》と同じ配役(このお二人は前日から2日続けての京都での公演)。
あの時の殿田さんは病気復帰後にはじめて拝見して、まだ本調子ではない御様子だった。この日も半年前よりは回復しているものの、まだ東京で拝見していたころの殿田さんとは違っている。


【前場】
お囃子は、TTRのお二人。後見にもそれぞれ御子息がついていらして、この大小鼓の存在感がハンパない。
男っぽい大鼓の流派のなかでもとりわけ男っぽい大倉流の大鼓。そのなかでも山本哲也さんが打つと「男気!」が炸裂する。
いっぽう、成田達志さんは小鼓らしく、大鼓方がどなたであっても相手に影のように寄り添いつつ、成田さんならではの覇気みなぎる小鼓を奏でてゆく。
好きだなあ、成田達志さんの小鼓。
この大小鼓のお二人が舞台中央で巨大な二枚岩のようにそびえたつ。
(成田さんの小鼓で、九郎右衛門さんの《道成寺》を観るのが夢。)


前シテの面は、痩女。
一声の囃子で登場したシテは、群集をかき分けるような足取りではないものの、一足一足に、強い念を感じさせる。
「なんとしても、これだけは言っておかねば、死んでも死にきれない!」という、息子を殺された母の執念がメラメラと立ち込める。

げっそりとやつれた痩女の面が、まるで本物の生きた中年女性のようにリアル。いかにも子を産み育てた感じのする生活感のある女面と、シテの姿・所作が一体化して、年老いた一人の母の悲しみや絶望、激しい嘆きがひしひしと伝わってくる。

シテの橋本雅夫さんもおそらくかなり御高齢で、足腰が弱っておられるようだが、それまで生きた人生の重み、経験の数々、重ねた稽古から、こうした胸を打つ母親の感情表現が生み出されるのかもしれない。


半年前に観た友枝昭世さんの藤戸・前シテは美しく整いすぎていて、そうした生身の感情が伝わってこなかった。こういう劇的な能は、身体表現以外の「何か」、美しさをかなぐり捨てた先にある「何か」が必要なのだろうか。。。


「蹉跎之伝」の小書なので、「亡き子と同じ道になして給ばせ給へ」で、両手を広げて、仇敵・佐々木盛綱へ突進し、ワキに掴みかかる手前で、右、左と膝を突き、安座(ふしまろぶ型)→モロジオリ、となる。
ここのタイミング、悲痛のあまり足がもつれて進めない、という感じを自然に出すのは難しいのだろうなぁ。


【後場】
後場の面は、たぶん河津(蛙)なのだが、ボサボサの黒頭の隙間からのぞく顔は、白骨化した骸骨のようにも見える。
昏い鬼火の光がその背後で燃えているような、恨めしい姿。

シテは、「(海路のしるべ)思へば三途の瀬踏なり」で、二足詰めて、三途の川を渡るさまを見せる。


後場も「蹉跎之伝」の小書により、「千尋の底に沈みしに」のあとにイロエが入り、舞台を一巡したのち、橋掛りへ行き、一の松で見込む。

その後、「浮きぬ沈みの埋木の岩のはざまに流れかかって」で、流れ漂うように橋掛りから舞台へ移動し、シテ柱にぶつかったところで、「藤戸の水底の」と、沈みこむように膝を突き、シテ柱にもたれてしばし正座。
そこから立ち上がって、舞台中央に進み、「悪霊の水神となって怨みをなさんと思ひしに」で、ワキに向って杖を振り上げ、いまにも襲い掛かろうとするところで━━

思はざるに、御弔いの御法の御舟に法を得て

と、成仏得脱の身となったのでした。

最後のほうは、咳の発作で舞台を観るどころではなかったので、気づいたら終わっていた感じ(>_<)。
でも、渋い味わいのある好い舞台でした。







2019年5月27日月曜日

京都観世会5月例会《夕顔・山ノ端之出・法味之伝》

2019年5月26日(日)11時 京都観世会館

能《賀茂》里女/別雷神 梅田嘉宏
 里女 橋本忠樹 天女 鷲尾世志子
 室明神神職 小林努
 従者 有松遼一 岡充
 賀茂明神末社神 鈴木実
 左鴻泰弘 林大輝 河村大 井上敬介
 後見 片山九郎右衛門 大江信行
 地謡 古橋正邦 河村博重 越智隆之
    吉浪壽晃 吉田篤史 宮本茂樹
   河村和晃 谷弘之助

狂言《文荷》太郎冠者 茂山七五三
 次郎冠者 茂山宗彦 主人 網谷正美

能《夕顔・山ノ端之出・法味之伝》
 里女/夕顔 河村和重
 旅僧 江崎欽次朗→広谷和夫 
 所者 網谷正美
 杉市和 大倉源次郎 谷口正壽
 後見 大江又三郎 青木道喜
 地謡 林宗一郎 味方團 浦部幸裕
   田茂井廣道 松野浩行 河村和貴
   河村浩太郎 浦田親良

仕舞《淡路》  浅井通昭
  《班女アト》橋本擴三郎
  《大江山》 片山伸吾

能《藤戸・蹉跎之伝》橋本雅夫
 佐々木盛綱 殿田健吉
 従者 則久英志 梅村昌功
 下人 茂山千三郎→茂山逸平
 森田保美 成田達志 山本哲也
 後見 井上裕久 杉浦豊彦
 地謡 河村晴道 味方玄 浦田保親
   分林道治 深野貴彦 大江泰正
   大江広祐 樹下千慧





先週から風邪でダウンしてしまい、行きたかった公演にも行けず。。。p(・・,*)グスン
九郎右衛門さんの《田村》と《船弁慶》、観たかったなぁ。
まっ、でも、こんなこともあるよね。
病み上がりなので、感想も軽めです。


能《賀茂》は中堅初期の方々による好演で、滔々と流れる京都の清流を謡いあげた、この時期にぴったりの清々しい一番。



能《夕顔・山ノ端之出・法味之伝》
この日、いちばんよかった舞台。
先日の姫路城薪能でワキの江崎欽次朗さんが倒れたとうかがい、心配していた。この日得た情報では、もうほとんど回復していて、ご本人は「出る気満々」だったが、周囲が止めたため大事をとって休演されたそうである。
回復されたと聞き、ひと安心。

薪能って、倒れたり亡くなったりする方がけっこういらっしゃるから、演者にとっては負担が重く、危険なイベントなのかもしれない。天候・気候に左右されやすいし、ストレスや心労も屋内舞台での演能よりもはるかに大きいのではないだろうか。。。


代演でご出演された広谷和夫さんはワキツレでしか拝見したことがなく、ワキで観るのははじめて。謡の表現力がとてもいい。とくに道行。紫野の雲林院から賀茂社、糺の森、在原業平が「月やあらぬ春や昔の春ならぬ」と詠んだ五条通、そしてあばら家へと続く、京の名所の数々がそれぞれの物語とともに、次々と浮かび上がってくる。


お囃子も地謡も、《夕顔》の舞台は音楽性がすばらしかった。


お囃子は杉市和、大倉源次郎、谷口正壽という最強の布陣。
源次郎さんの繊細な小鼓と、谷口さんの抒情性豊かな掛け声の響き。儚げに響く杉市和さんの送り笛が、中入するシテの寂しげな後姿と響き合い、暗い影を彩る。
薄幸の女性を描く音の世界がひたひたと胸に沁みてくる。


「山ノ橋之出」の小書ゆえ、前場で大小前に藁屋が出される(シテは藁屋のなかから「山の端の~」と謡い出す)。

藁屋の柱や屋根に巻きついた夕顔の蔓が、男性に依存して生きるしかなかったヒロインの人生を暗示するかのよう。

光源氏に必死で巻きつこうとしたその蔓は、嫉妬に狂ったもう一人の愛人の生霊によって、無残にも引きちぎられ、漆黒の闇のなかで露と消えた。


シテが演じる夕顔からは、「自分の身に何が起こったのか分からないまま、あの世に葬り去られた」若い女の、行き場を失い、あの世とこの世のざまに漂う途方に暮れた雰囲気が感じられた。

シテの居グセの姿がこのうえなく美しい。
不動のまま、ただそこにいるだけで、地謡と囃子の音の世界をみずからの姿に取り込み、なよなよとした、つかみどころのない、男の保護欲をかきたてる夕顔という女性像をつくりあげ、観客に示している。

シテは高齢のため足腰は衰えているが、それをカバーする最高の戦略が「動かないこと」。地謡と囃子の音を容れる「美しい器」になることで、「動くこと」以上のものを表現していた。

「せぬならでは手立てあるまじ━━」
この世阿弥の言葉を体現し、「花」を感じさせる演者と舞台に出逢えるよろこび。



「法味之伝」の小書のため、序ノ舞ではなく、「引かれてかかる身となれども」のあとにイロエが入り、イロエの最後でワキと向き合い、二人で合掌。
このあと、シテ「御僧の今の弔いを受けて」となる。
ワキとの合掌の型と、シテの解脱の経緯がすんなりつながる演出だ。

ここから、シテの表情が明らかに変わった。
雲が晴れて、青空が広がったように冴え冴えとしている。
夕顔の解脱の瞬間。
見事だった。



能《藤戸・蹉跎之伝》へつづく



2019年5月13日月曜日

大海神社の「玉井」~潮満珠が沈められた井戸

2019年5月6日(月)住吉大社摂社・大海神社
住吉造の社殿(重要文化財)
住吉の別宮とされる摂社・大海(だいかい)神社。
祭神は、海幸山幸神話の龍王・豊玉彦とその娘・豊玉姫。
龍王と豊玉姫は、能《玉井》にも登場します。


通りかかった神職の方が、立派なお魚を三方にのせて運んでいました。
道を訊ねたついでにうかがってみると、この大海神社にかぎらず、住吉大社内のすべての神様には鯛とハマチを毎日お供えしているとのこと。

なるほど、やっぱり、海の神様なんだ。

活きのいい供物の魚を見ていると、かつてこの神社の目の前に広がっていた海の存在や、神話や能の世界との時間的・空間的なつながりが感じられて、ちょっと感激でした。



社殿の内部は、手前に渡殿と幣殿があり、その奥にさらに鳥居があります。
南京錠のかかった扉の向こうが本殿。

ゴージャスで重厚な金の扉には、大海原とそこに浮かぶ帆船のようすが描かれています。松林も色鮮やか。
能《高砂》の世界が映像として脳の中にぱあーっと広がってくるよう。この扉絵のように、阿蘇友成たちが播磨国の高砂浦から帆船にのって、この摂津国の住吉浦まで渡ってきたイメージが思い浮かびます。



「玉の井」
社殿の前には「玉の井」と呼ばれる井戸があります。山幸彦が海神から授かった潮満珠を沈めたとされるのが、この井戸です。




彦火々出見尊と豊玉姫が出会ったあの玉井のように、「海辺の井戸は海底の世界(龍宮)とつながっている」という感覚がいにしえの人にはあったのでしょうか。

井戸は冥界にも通じる道でもあり、異空間につながる出入口でもありました。

関西にはそういう場所がたくさんあります。







神館 ~御即位奉祝特別拝観

2019年5月6日(月) 住吉大社・神館
大正天皇の即位大礼を記念して大正4年に建立された神館(しんかん)。
国の登録文化財に指定されています。
設計は池田實。

現在は皇族の御休憩、供進使の参籠、神事の式場などに使用され、ふだんは非公開ですが、この日は新天皇即位奉祝として特別公開されていました。



唐破風造の玄関車寄。
正面だけでなく、各面に破風をみせる複雑な屋根構成をしています。
ゆったりとした品格のある優美な建物です。


建物内部では御即位記念として、神武~仁徳~聖武から平成まで歴代天皇の肖像画や、『住吉大社神代記』(天平期のレプリカ)などが展示されていました。
住吉明神が和歌の神様だけあって、古今伝授や御所伝授の展示も。


神館内部でいちばん興味深かったのが、広間中央に設けられた「玉座」です。

御簾の向こうの一段高い上段に設けられた玉座は、折上げ格天井の畳敷き。そこに、金の革張りのハイバックチェアと簡素な木製の机が置かれ、両脇には阿吽の狛犬が控えていて、玉座を守護しています。


大正天皇や昭和天皇がご休憩された時は、ここに座られたのでしょうか。
いかにも現人神が座ったであろう玉座でした。
(内部は撮影禁止だったため、残念ながら「玉座の間」の写真はありません。)



廊下や欄干、欄間や窓の桟が織りなす直線のデザインが、どことなくアールデコ風。

庭には高さ18メートル、樹齢800年を超えるクスノキ。
この土地の精霊が宿っているのを感じます。








2019年5月9日木曜日

《大典》天皇御即位奉祝能

2019年5月6日(月)住吉大社吉祥殿・明石の間

《神歌》翁 井上裕久
 千歳 林本大
 地謡 生一知哉 吉井基晴
    今村哲朗 山田薫

仕舞《高砂》 生一知哉
  《梅枝》 塩谷恵
 吉井基晴 今村哲朗
 藤井丈雄 上野雄介

能《大典》シテ天津神 山階彌右衛門
 ツレ天女 山中雅志
 ワキ勅使 原大 原陸 久馬治彦
 斉藤敦 清水皓祐 辻雅之 上田悟
 後見 生一知哉 塩谷恵
 地謡 井上裕久 吉井基晴 林本大
   佐野和之 藤井丈雄 大久保勝久
 ワキ働キ 有松遼一


ふだんはブライダル会場に使われる吉祥殿・明石の間で上演された天皇御即位奉祝能(会場内は撮影禁止なので舞台の画像はありません)。
300席ほど用意されていましたが、立見客もギッシリで、すし詰め状態。観客の総数は500人を超えていたでしょうか。 

吉祥殿の階段の壁にはあの詞章が。

お目当てはもちろん、改元がないと上演されない稀曲《大典》。
内容は、勅使が平安神宮で即位大典の奉告祭を行うと天津神と天女が現れ、即位を祝して舞を披露するというもの。この日の上演時間は40分ほど。

作詞は万葉集のドイツ語訳を手がけた藤代禎輔、曲附は片山家出身の観世宗家・24世観世左近元滋。
(なので演能が許されるのは、観世宗家御兄弟や片山家当主といった限られた人なのかもしれません)。


大正天皇の即位に際し、日露戦争と第一次大戦のはざまにつくられたこの曲は、いわゆる観梅問題で揺れた能楽界の激動期につくられた曲でもあります。

当時の思想を反映して、詞章には「戎狄蛮夷」「忠実勇武の民」「国威を発揚」といった差別用語や軍国主義的な言葉が並んでいますが、この日は元の詞章のまま上演されました。


7月に横浜能楽堂で片山九郎右衛門さん・味方玄さんがシテ・ツレを舞われる際には、舞台を平安神宮ではなく伊勢神宮に変え、詞章も現代に合うものに変更するとのこと。舞や音も新たに作り直すそうなので、きっと令和らしい、素晴らしい舞台になることでしょう。


以下は、細かい部分の自分用のメモ。

吉祥殿ロビー

大小前に一畳台と社殿の作り物。なかにはシテ。

(1)ワキ勅使、ワキツレ従者の登場
天皇即位の奉告のために、勅使と従者が平安神宮にやって来る。→舞台を「住吉大社」に変えてもよかったかも。

ワキの登場楽・次第の斎藤敦さんの笛が美しい。この日の上演では笛がいちばんよかった。

そして、ここの詞章がとってもタイムリー。
たとえば、地謡「悠紀・主基(ゆき・すき)の御田も穂に穂をさかせつつ……黒酒白酒も数々の甕に溢るるばかりなり」は、大嘗祭で使われる神饌、つまり、亀卜で選ばれた悠紀・主基2つの地域で収穫された米と、その米から作られる黒酒・白酒について謡ったもの。

悠紀・主基については最近のニュースで初めて知って、「中国・殷の時代に盛んだった亀卜が現代の日本でも行われるの?!」と家族でびっくりしたくらい。だって、凄いじゃないですか。あの、遺跡から発掘され、博物館でしか観たことのない亀甲占いが、現代も行われているなんて!

住吉大社にも、神功皇后が設けたとされる御田があり、毎年6月に御田植神事が行われます。亀卜で選ばれるといいな。



(2)天女の舞
勅使たちが報告の式を無事に終え、社殿に向って伏し拝んでいると、かぐわしい香りが漂い、瑞雲がたなびき、妙なる音楽が聞こえてきて、天女が現れます。

天女の出立は、鳳凰白地舞衣に緋大口、黒垂、鳳凰天冠、唐団扇。面はツレ面ではなく、シテ級の超美形の増。
ツレの山中雅志さんは初めて拝見するけれど、円熟期の能楽師さんらしい、安定した舞。袖の扱いもうまい。


(3)神舞
天女が舞い終えると、社殿がにわかに振動して、御神体が現れるのですが、なんというか、最初から社殿の作り物がずーっと揺れっぱなしで、鳴動しすぎな感じも……。

引廻しが下ろされると、床几に掛かったシテが姿を現します。
装束は、袷狩衣(衣紋づけ)に白地の紋大口、黒頭、菊花(天皇即位の舞だから?)をつけた透冠。面はたぶん三日月。

シテは神舞を舞い、最後は天女が二の松で、天津神が常座で左袖を同時に巻き上げ、シテの留拍子。


見せ場をクローズアップした華やかな舞台。
改元早々に拝見できて、貴重な体験でした。





卯之葉神事と舞楽《萬歳楽》《地久》《太平楽》

2019年5月6日(月)住吉大社第一本宮~吉祥殿
第一本宮での卯之葉神事
「卯之葉神事」は、住吉大社の御鎮座が神功皇后摂政11年辛卯年卯月上の卯日だったことに由来します。太陽暦となった現在は、卯の花が咲く5月の最初の卯日に斎行されるようです。



この神事では榊ではなく、卯の花(ウツギ)の玉串が捧げられ、画像のように神職たちも卯の花を頭や胸につけています(葵祭みたい)。

献香や献茶、そして巫女さんたちによる神楽の奉納などがありました。
(わたしは特別拝観の神館などをまわってたので、神事はちょこっと拝見した程度。)



神事の終了後は吉祥殿に場所を移して、いよいよ舞楽と天皇御即位奉祝能《大典》の奉納です。
結婚式・披露宴に使われる吉祥殿

奉納舞楽プログラム 天王寺楽所
雅楽《君が代》

舞楽《振鉾》

左方平舞《萬歳楽》 平調

右方平舞《地久》 高麗双調

左方武舞《太平楽》 太食調

雅楽《長慶子》


天王寺楽所による舞楽は、凛として隙のない宮内庁楽部にくらべると弛みがあるけれど、それが素朴でゆったりとした独特の魅力になっていて、とっても癒されます♪

α波が脳全体にじわじわと広がり、セロトニンの分泌が促されて……エステでアロママッサージを受けるよりも心地いい! 心も体もほろほろとほぐれてゆく。

舞楽の舞は太極拳の動きに似ているから、場の気の流れが良くなり、体内の循環も良くなって、連休中の疲れやコリがジュワーッと溶けていく感じ。

舞楽、はまりそう! 雅楽のCDを聞きながら眠りにつくと熟睡できるかも。



以下は自分用のざっくりしたメモなので、ご興味のない方は読み飛ばしてください。

舞楽《振鉾(えんぶ)》2人舞
舞楽演奏の際に最初に舞われる儀式曲で、場を清めるお祓い的なもの。横笛・太鼓・鉦鼓のみの伴奏。鉾を上下左右に打ち振る舞。
三節構成
(一節)左方(唐楽・赤色系装束)の舞人が龍笛の奏でる新楽乱声にのせて舞い、天に供す。
(二節)右方(高麗楽・緑色系装束)の舞人が高麗笛の奏でる高麗乱声にのせて舞い、地に和す。
(三節)左方右方の舞人が各々の乱声で同時に舞い(合鉾:あわせぼこ)、祖霊に祈りを捧げる。

左方平舞《萬歳楽》 この日は4人舞
天皇即位礼大饗に必ず用いられ、文武の徳を表徴した舞楽。平調。賢王が国を治めるときに法皇が飛来して「賢王萬歳」と囀ったので、その声を楽にし、姿を舞にしたとされる。三部構成(出手→萬歳楽→入手)。平調。
左方襲装束、赤色系の袍(片肩袒)、鳥甲。

右方平舞《地久》 4人舞
平調。(1)高麗双調音取→(2)地久破→(3)地久急
右方襲装束、鼻高の赤い面、鳳凰甲

左方武舞《太平楽》 4人舞
文武天皇の御代に伝えられた舞曲で、漢の高祖と楚の項羽の故事にちなんでつくられた。勇壮に舞う武の舞だが、平和を祈願する舞で、天皇即位礼大饗を彩る剣舞。《朝小子》《武昌楽》《合歓塩》の3つの楽曲を、序(道行)、破、急に配した大規模な曲。
(1)太食調調子
(2)太平楽序(出手)
(3)太平楽破(武昌楽)、鉾で舞う
(4)太平楽急(合歓塩)、急の舞の途中で舞人が剣を抜くと、太鼓のパターンが変化。麻痺とは刀を斬りまわしながら舞台を一巡する。
(5)舞いおさめると再び太平楽が奏され(重吹:しげぶき)→入手
中国甲冑装束、太刀を佩き、鉾をもつ。胡簶(やなぐい)の矢は戦闘時とは違って、上を向き、平和の意思を示す。

雅楽《長慶子》
諸員退出の楽として舞楽の最後に必ずそうせられ、慶祝の意をあらわす。




2019年5月7日火曜日

能の聖地 ~住吉大社!

2019年5月6日(月) 住吉大社
もう、何年ぶりやろ? 住吉大社、めっちゃ久しぶり。
今でも路面電車が走ってるなんて、ビックリ。新緑に赤が映えて、鳥居の前を走る電車は風情ある~。



狛犬、デカッ! さすがは摂津国・一の宮。
お能を知ってから訪れると、感慨もひとしお。




太鼓橋(反橋)
最大傾斜48度の太鼓橋。
勾配がめっちゃ急やから、欄干につかまりながら上る人もいるくらい。上るのはまだいいけど、下りるのがちょっと怖い。
この橋を渡るだけで、お祓いになるとか。



住吉大社といえば、真っ先に思い出すのがこの太鼓橋。きれいやね。




住吉造の社殿
神明造(伊勢神宮)や大社造(出雲大社)とともに、神社建築の最古の様式とされる「住吉造」の社殿。
屋根は切妻造の檜皮葺。妻入りの出入口(この写真ではわかりにくですが、入口の奥には細長い棟が続いています)。
内部は、内陣と外陣の二間に分かれ、廻廊がないのも特徴。柱は朱塗り。板壁には胡粉が塗られているため発光するような白い輝きがあります。





卯の葉の玉串
この日は、住吉大社の御鎮座記念祝祭「卯之葉神事」の日。

神前には榊ではなく、みずみずしい卯之葉の玉串が捧げられます。背後には「令和」の「令」の屏風。御即位奉祝と重なって、清々しくおめでたい空気が漂っていました。




重要文化財の石舞台
厳島神社の板舞台、四天王寺の石舞台と並ぶ「日本三舞台」のひとつ。
現在の石舞台は豊臣秀頼が寄進したそうです。
毎年、卯之葉神事のあとには、この石舞台で舞楽が奉納されますが、今年は天皇御即位奉祝のため特別に吉祥殿で奉納されました(注)。

ちょっと狭いから2人舞くらいならちょうどいいけれど、4~6人での舞には狭そう。今度来たときは、この舞台で舞楽を観てみようっと。


*注:吉祥殿での舞楽奉納と奉祝能《大典》については、別記事に書きますね。





2019年5月6日月曜日

平成から令和へ ~ヒスイカズラと定家葛

大型連休は、帰省&家族サービス。
この日は義母のリクエストで某花園へ。



花はまあまあでしたが、やっぱり、伯耆富士・大山がいちばんきれい。
平成が終わろうが令和になろうが、超然と孤高を保つ崇高なる山。
先史時代から神の宿る山として信仰されてきたのも分かる気がする。



熱帯雨林を模したこのエリアがおもしろかった。


ジャングルめいた空間はわくわくする!



田中一村の絵を思い出すなぁ。



水辺も良い雰囲気。ワニがいると面白いんやけど。。。



花や葉もゴージャスでダイナミック!



ヒスイカズラ
いちばん変わってたのが、このヒスイカズラ(翡翠葛)。
色も質感もプラスティックぽくて、最初、作り物かと思ったくらい。
きれいな翡翠色をした部分が、花。
藤の花みたいに垂れ下がり、マメ科なのでエンドウ豆のように中に豆が入っています。



テイカカズラ
こちらは定家葛。
熱帯植物ではないので、野外に生えていました。
木の幹に執念深くまとわりついているのがよく見えます。


帰省からの帰りはめっちゃ渋滞やったけど、義母に喜んでいただけたようでよかった。