2020年2月16日日曜日

《不土野神楽》みやざきの神楽~神と人との舞い遊び

2020年2月15日(土)国立文楽劇場
注連縄で結界が張られた御神屋(みこうや)
【プログラム】
基調講演 神田竜浩(文化庁参事官付芸術文化調査官)

神楽公演 不土野神楽保存会
(1)壱神楽(下)
(2)鬼神面
(3)守の神楽(上)
(4)守の神楽(下)
(5)弓通し
(6)神粋
(7)山の神面
アンコール:四人大神(よったりだいじん)


伝統芸能月間第3弾は、楽しみにしていた「みやざき神楽」!

宮崎の神楽は、東京時代に高千穂の夜神楽(記事はこちら)、椎葉神楽「向山日添神楽」(記事はこちら)、日之影神楽(記事はこちら)と、国立能楽堂と國學院大學で過去3回拝見している。それぞれの神楽を比較できるので、ブログに記録しておいてよかったと思う。

4回目となるこの日に拝見したのは、椎葉村の不土野地区に伝わる不土野(ふどの)神楽。

椎葉村は日本三大秘境のひとつとされる。そのなかの不土野地区は30戸ほどの集落だが、この人口減少時代にあって、不土野地区では若年層の人口増加がみられるというから凄い! Googleストリートビューで見ると、谷間の川沿いに平屋建ての民家が点在し、なかには「ポツンと一軒家」に出てきそうな人里離れた場所に建つ家もある。ああ、こういう土地で不土野神楽が育まれてきたのだなあと思うと感慨深い。

それにしても、200以上の神楽があるという宮崎の神楽は、じつにヴァラエティ豊かだ。同じ椎葉村の神楽でも、以前観た向山日添神楽とこの不土野神楽とでは、演目はもとより、神庭や祭壇の飾り方、舞や衣装、太鼓の調子まで異なる。

舞台に飾られた「高天原」と呼ばれる祭壇
榊を伝って神々が降臨し、中央の鏡が依代となる
神楽は降臨した神々に向けて捧げられる

とはいえ、似ている部分も多かった。
以前も書いたが、村内26地区に伝承されている椎葉神楽の共通する特色は;

(1)狩猟や焼畑農業を営む山間部の集落なので、神楽にも狩猟神事が織り込まれている。

(2)唱教(しょうぎょう)を唱え、錫杖型の鈴を「ジュズ(数珠?)」と呼ぶなど、神仏混交の名残りがあり、修験道の影響が見られる。

そして、向山日添神楽と不土野神楽を観て個人的に思ったのは、
(3)椎葉神楽にも天岩戸伝説など神話に取材した演目もあるが、高千穂や日之影神楽と比べてストーリー性が薄く、より神事的・祈祷的な抽象性の高い舞が多いこと。

パンフレットによると、椎葉神楽には、さまざまな修験の作法が見られるという。刀を使う「火の神への祈祷」や、地割りの唱教、弓の祈祷作法などが多くあるそうだ(実際に、刀や弓矢が採り物としてよく使われていた)。

また、不土野神楽では、祭の前に御幣を切るための俎板や串、神、榊などを、呪文を唱えて九字を切って浄める作法もある。このときの唱え言は、室町時代にまでさかのぼる古い内容を伝えるという。


【神楽公演】(撮影OKだったので以下に掲載)
壱神楽(下)
《壱神楽(下)》
壱神楽は式三番のひとつで、不土野神楽では必ず最初に行われるお清めの舞。囃子は太鼓のみ。刀で魔を祓い、鈴の音で場を浄める。
とくに神聖な演目のため紋付袴で舞われる。

2人の祝子(ほうりこ)が裸足なのに注目。
不土野神楽では動きの激しい舞は、足袋を脱いで舞うらしい。




鬼神面
《鬼神面》
鬼神面の役は、白襷、シャグマ、面棒と日の丸扇を持ち、袴の腰に榊の枝を挿して舞う。ツキ面は、かけ帯、日の丸扇、鈴をもち、まるでストーカーのように、鬼神面にからみながら舞っていた。

囃子は太鼓のほかに、楽板(がくいた)が入る。
楽板は宮崎特有の楽器で、私の席からは見えなかったが、拍子木のようなものだろうか? 神を招き送る楽器とされ、面舞の神楽の最初に打たれる(*追記1)。

笛はかつて使用されていたが、現在の不土野神楽では使われていない。
打楽器だけの音楽のほうが、不土野神楽の男気のあるキリッとした舞に合っていた。好きだなあ、こういうエンタメ性の薄い、質実剛健な神楽。





観ていて感じたのは、不土野神楽では二人舞が多いということ。
これはもしかすると、狩猟の場で2人組になることが多いからではないだろうか。

たとえば『雪女』でも、老猟師と若い猟師がペアになって、吹雪のなか山小屋に泊まるという設定になっている。おそらく不土野でも昔からベテランと若手がペアになって山で狩りをしたのだろう。
かつては狩猟の際のペアが、安全祈願・豊猟祈願として神楽の二人舞を舞っていたのかもしれない。




守の神楽(上)その1
《守(もん)の神楽(上)》
弓と鈴を以て舞う二人舞。山の様子をあらわした神楽だという。
頭には毛笠(猪の毛が使われている)。

上の画像のように、みくまと麻緒を置いた折敷(おしき)に弓を立てて舞うが、この所作にはどんな意味があるのだろう?

勝手な想像だが、みくまと麻緒を置いた折敷を獲物に見立て、弓で仕留めたところを模擬実演する予祝儀礼なのかもしれない。




守の神楽(上)その2
守の神楽(上)の後半では上の画像のように、高天原(祭壇)から吊るされた棒に弓を掛け、弓を持ったまま、その下をくぐる所作をする。

これも何を意味するのかわからなかったが、おそらく何らかの呪術的行為なのだろう。





守の神楽(下)
《守の神楽(下)》
矢をもって舞う二人舞。
2本の矢を使って、弓で矢を射る所作をする。

演目の多くでは舞い始める前に、祝子たちが高天原(祭壇)に深くお辞儀をして、柏手を打つ。その瞬間から、厳粛な空気が立ち込める。山の怖さ、厳しさを知り尽くした狩猟の民ならではの敬虔な祈り。


《弓通し》
この後、観客(おもに子供)が10人ほど参加して舞台に上がり、二張重ねた弓のあいだをくぐる《弓通し》が行われた。《弓通し》は向山日添神楽でも行われており、椎葉神楽では一般的なものなのだろう。弓通しは茅の輪くぐりのようなもので、厄除けの意味があるそうだ。




神粋(かんしい)その1
《神粋》
白襷にかけ帯をしめた姿で、太刀をもって舞う勇壮な四人舞。
太鼓も激しく、大勢で獣を追い立てるさまを表現しているのだろうか。




神粋(かんしい)その2
鉢巻きに、山伏の兜巾を模した五角形の白い紙をはさんでいる。こうしたところにも修験道の影響が見てとれる。




山の神面
《山の神面》
山の神への崇敬の念が強い地域特有の演目。
ドラマティックな太鼓と楽板が入る。



四人大神(よったりだいじん)
《四人大神》
アンコールと称して、プログラムにはなかった《四人大神》が舞われた。

国立文楽劇場のステージは照明効果も素晴らしく、夜神楽の雰囲気がみごとに演出されていた。
もうすぐ朝だろうか。東の山の端が朝焼けで輝いてきた。祭りも終わりに近づき、白々と夜が明けてゆく……。



13人の祝子のみなさん、関係者の方々、素敵な神楽公演、ありがとうございました! 無病息災の福餅のおみやげまでいただいて。

不土野夜神楽は、毎年12月第一土日に行われるとのこと。

宮崎の神楽ではユネスコ無形文化遺産登録に向けた取り組みが進められているそうだ。過疎化や高齢化、後継者不足など数々の問題を抱えながらもこんなに素晴らしい神楽を伝承されているのだから、ぜひとも登録されてほしい。がんばれ、みやざきの神楽!




【追記1】
宮崎の神楽で神を招き送る楽器とされ、面舞の神楽の最初に打たれる「楽板」は、修正会で鬼が登場する際に拍子木などを打って大きな音を立てる「乱声(らんじょう)」と同種のものではないだろうか。
歌舞伎のツケなども、こうした修正会や神楽から派生したものと思われる。
おそらく楽板も、乱声も、ツケも、異界から何者かが訪れる時の効果音としての風雨や雷鳴を象徴しているのだろう。





2020年2月13日木曜日

鬼と芸能 古今東西の鬼大集合~伝統芸能文化創生プロジェクト

2020年2月8日(土)京都芸術センター講堂
岩手県・北藤根鬼剣舞《一人加護》
2020年2月8日(土)京都芸術センター講堂
第1部:シンポジウム
基調講演 小松和彦先生
パネリスト 横山太郎、川崎瑞穂、三宅流

第2部:芸能の公演
狂言《節分》鬼 茂山千五郎
 女 島田洋海
《母ケ浦の面浮立》佐賀県・母ケ浦面浮立保存会
《鬼剣舞》岩手県・北富士根鬼剣舞保存会

廃校となった小学校校舎を利用した京都芸術センター

今月は「民俗芸能月間」と称して、民俗芸能関連のイベントへの参加をいくつか予定している。

先週の壬生狂言につづく第2弾となるのが、個人的にめちゃくちゃツボの「鬼と芸能」というこのシンポジウム&公演。しかも司会は、敬愛する小松和彦先生だ。やっぱり小松先生のお話はおもしろい! 学生時代、なんでもっと先生の講義を受けておかなかったのだろう……。


第1部:シンポジウム
小松和彦先生の基調講演を要約すると;

鬼とは、過剰な「力」の象徴的・否定的な表現である。ここでいう「過剰」とは、秩序・制御からの逸脱を意味する。われわれ(あるいは個人)に恐怖や災厄を与えるとみなされたものに対して、「鬼」というラベルが貼られてきた。

「鬼」は「人間」の反対概念である。日本人が抱く「人間」という概念の否定形であり、反社会的・反道徳的「人間」として造形されたものが「鬼」なのだ。

神事などに登場する鬼は「祓われる」ために存在する。
鬼は、良くないものを集めた「器(うつわ」であり、人々のケガレを掃除機のように吸いとってから追い払われる。一年の禍を背負って退散してくれる鬼は、人々にとってありがたい存在である。

鬼は、平安時代までは姿の見えないものとされ、一説では「おぬ(隠)」が転じて「おに」と呼ばれるようになったとされる。だが、やがて鬼はしだいに可視化されていく。鬼が語られ、描かれ、演じられるなかで、信仰や美術や芸能が生まれていった。


以上が、小松和彦先生の〈鬼〉論だった。このあたりのことは、先生の著作『鬼と日本人』に詳しく述べられている。鬼にたいする興味がまたムクムクと湧いてきたので、馬場あき子さんの『鬼の研究』とともに『鬼と日本人』も時間を見つけて再読したい。



【第2部】鬼の芸能公演
東北と九州の鬼芸能を居ながらにして拝見できるという贅沢な公演。撮影OKだったので、少しだけご紹介します。

【北藤根鬼剣舞】
北藤根鬼剣舞
はるばる岩手県からお越しになった北藤根鬼剣舞保存会の皆さん。
演者のほとんどは若い方々で、跳躍したりしゃがんだりと激しいアクション。エネルギッシュで勇壮な舞だった。

地元では、鬼剣舞はジャニーズのパフォーマンスよりもカッコいいとされ、若い人にとっても憧れの芸能だとのこと。皆さん子どものころから習い覚えて、参加するそうだ。



鬼剣舞(重要無形民俗文化財)は1300年前からつづく念仏剣舞で、囃子方は太鼓1人、平鉦1人、笛3~4人で編成される。
もっとも巧い舞い手が白い面をつけるという。能でも白い面は位の高さを意味するが、民俗芸能の世界でも「白」は位の高さを意味するらしい。

それにしても、皆さん生き生きとしていて、熱いパッションがみなぎっていた。たんなる地元芸能の「保存」ではなく、人々の暮らしに息づいた「生きた」芸能なのだ、鬼剣舞は。


鬼剣舞《一人加護》
白い面をつけたリーダー格の演者が一人で舞う《一人加護》。大地を踏みしめる「反閇」を行い、五穀豊穣と鎮魂を祈る。

西日本の民俗芸能に比べると、東北の芸能は太鼓の音色に、背骨に響くようなどっしりとした重みがある。囃子の音質の違いは、西日本と東北の空気や大地の違いだろうか?


【母ケ浦面浮立】
母ケ浦の面浮立
佐賀県から来てくださった母ケ浦面浮立保存会の皆さん。

面浮立(めんふりゅう)とは佐賀県の代表的な民俗芸能で、母ケ浦(ほうがうら)の面浮立は、佐賀県鹿島市の鎮守神社の秋祭りに五穀豊穣を願って毎年奉納されるそうだ。

面浮立の「浮立(ふりゅう)」って「風流」の当て字かな?


「鬼(かけうち)」たち
解説が物足りなかったので、ネットで調べた面浮立の説明を以下にまとめると;

面浮立は以下の3部構成になっている。
(1)奉願道(ほうがんどう):鬼が神社に乗り込むまでの道中
(2)神の前:神前での神との闘い部分
(3)法楽:神との闘いで負けた鬼が、その償いに法楽を踊って、神を楽しませる部分。

主役となる「鬼(かけうち)」は、シャグマのついた鬼面をかぶり、モリャーシと呼ばれる太鼓を腰につけ、打ちながら踊る。

面浮立は、大地に踏ん張る「力足」と、虚空に描く「力み手」を主体とし、悪霊を鎮圧する芸能だそうである。


右側が「かねうち」の女性たち
女性は「かねうち」を務める。
1つの鉦を2人の女性が持ち、拍子に合わせて2人同時に鉦を叩く。青い前だれの上から浴衣を着て、頭に花笠をかぶる。手ぬぐいで顔を覆っているのが特徴。

囃子は鉦のほかに、横笛1人(本来は数人)と大太鼓が1人。

東北の鬼剣舞でも、九州の面浮立でも、舞い手が鬼らしく「ウォーッ!」という獣のような掛け声をかけながら舞うのが印象的だった。祓われるべき鬼でありながら、全身から「気」とエネルギーを発散させて、邪気を追い払う。

鬼のなかに「祓う者」と「祓われる者」が混在しているのが、民俗芸能の鬼の特徴なのかもしれない。


【狂言《節分》茂山千五郎家】
狂言《節分》

壬生狂言の《節分》を観たばかりなので、比較しながら拝見できた。

大きな違いは以下の3つ。
(1)壬生狂言の《節分》で冒頭に登場した厄払いの呪術師が、能狂言の《節分》では登場しない。

(2)壬生狂言の《節分》では女は「後家」だが、能狂言の《節分》では女は夫のある身。夫は出雲大社に年籠りをしているという設定。

(3)壬生狂言の《節分》では鬼は衣服を着て人間の男に変装するが、能狂言の《節分》では、隠れ蓑と隠れ笠をつけて透明人間のように姿を隠して女の家に入り込む。


壬生狂言は無言劇なので、鬼と女の間でどのような言葉が交わされたのかはわからなかったが、能狂言の《節分》ではけっこうきわどい言葉が使われていた。

「一人で寝るか、二人で寝るか、この鬼が伽(とぎ)をしてやろう」とか、「毛抜きはあるか? (女の)眉毛があまりに深々として、この鬼が抜いてやろう」とか……。「眉毛」はおそらく別の箇所のヘアのメタファーだと思う。

生暖かく湿気を帯びた春の匂いがたちこめる節分。
季節の隙間は、心の隙間。
夫の留守に生じる女の気のゆるみ。そこに入り込もうとする鬼。そうした人間心理と春の気分が立ち込めるのが《節分》だ。
人間の心に生じた「魔」を鬼と呼び、季節の境目に生じた「魔」を豆で払いのける曲なのだろう、たぶん。




2020年2月4日火曜日

壬生狂言《節分》~まれびとの来訪

「壬生狂言はパントマイムだから、見物が納得するまで同じ仕草をくり返してみせるが、その仕草がなんともいえず鷹揚で屈託がなく、浮世の時間など超越しているのが面白い」 ━━白洲正子


壬生寺の千本仏塔(1988年建立)
壬生寺本堂脇には、ひときわ人目を引く異様な建物がそびえたつ。1988年に建立されたこの千本仏塔は、ミャンマーのパゴダを模したとされている。



廃仏毀釈の難を逃れた仏さまたち
おそらく廃仏毀釈の影響もあったのだろう、塔には明治期の区画整理の際に市中から集められた石仏たちが安置され、しずかに身を寄せ合っている。

室町時代のものもあるというが、ずらりと並んださまはじつに壮観。一体、一体に民衆の祈りが塗りこめられ、風化して摩耗した素朴な造形には独特の味わいがある。近くでじっくり眺めてみたい。




本堂(延命地蔵尊)
壬生寺の御本尊は地蔵菩薩。壬生狂言は、この地蔵菩薩に捧げられる。


【狂言堂の舞台配置と楽器編成】
撮影禁止だったので舞台の画像は紹介できないが、狂言堂の舞台中央奥には地蔵菩薩が祀られていた。舞台上の地蔵菩薩を介して、本堂のお地蔵さまに狂言が奉納されるという。

狂言堂舞台の様子をもう少し詳しく説明すると、

舞台は3階建ほどの高さに設置され、観客席はその向かいの建物上階から見物するようになっている。観客席は階段状になっていて、舞台とほぼ同じ目線の高さで鑑賞することができる。

舞台左手は橋掛り。この日の演目では使われなかったが、「飛び込み」など奈落へ通じる仕掛けが装備されている。狂言堂の舞台が高所に設けられているのは、こうした奈落へ落ちる舞台装置が仕込まれているせいかもしれない。

舞台上手には大鉦が吊るされ、その横には太鼓台が置かれていた。太鼓の後ろ(お地蔵さまの横)には笛方が立ち、笛方の前には後見が控えている。

楽器編成は、鉦と太鼓と笛の計三人。
「カン(鉦)、デン(太鼓)デン・デン、カン、デンデン」という単調な演奏パターンが繰り返され、そこに笛が色づけしてゆく。

囃子方も後見も、十代だろうか。
太鼓方などは、まだ小中学生の子どもに見える。こんなに若い人たちが第一線で活躍しているとは、なんとも頼もしい。



【壬生狂言《節分》】
壬生狂言の《節分》は能狂言の《節分》とよく似ているが、念仏狂言らしい素朴で土俗的な魅力がある。鉦と太鼓の「カン、デン、デン」という単調な調べが、やわらかな眠気を誘い、α波が分泌されるような心地よさがある。

ストーリーは以下のような流れ。
(壬生狂言の雰囲気は、過去記事の嵯峨大念仏狂言の画像(こちら)を参考にして下さい。)

(1)「茶屋の女」の面をつけた後家が登場。
しなやかで細長い手が美しい。面をつけた無言劇なので性別は分からないが、女性が演じているのか、それとも、うら若き少年だろうか? この柔らかみのある淑やかな所作を男性が演じているとしたら、驚きである。こちらが見惚れるくらい美しい手の動きだった。

女は左右の柱にそれぞれ柊鰯(柊の小枝と焼き鰯の頭)を挿し、豆を紙で包んで節分の準備をする。


(2)「とくす」というヒョットコ面をつけた男が登場。
男は厄払いを行う呪術師で、「ヤック(厄)祓いまひょ」と身振りで示す。
そして、扇を口で咥えて両手でバタバタと鳥が飛ぶような真似をしたり、着物を頭からかぶって亀のようにぬうっと首を突き出したりと、不思議な所作をする。なにかのまじないだろうか?
杖を振り回しているのは、おそらく魔を祓う所作だろう。


(3)男が厄払いを終えると、女は紙に包んだ豆を男に渡す。

梅原猛&西川照子著『壬生狂言の魅力』によると、かつて京では、厄払いが来ると、煎った豆を小銭を紙に包んで渡したという。厄払いの男はこの豆の一部を川に流して厄を祓い、残りの豆は豆板(豆せんべい)にして売ったそうである。
いまでも関西で「煎餅」といえば、醤油煎餅ではなく、ピーナツなどの豆の入った小麦粉地の甘いせんべいがメインだが、この豆せんべいに厄除けの意味があったとは!


(4)男が去ると、いよいよ鬼の登場。
鬼は笠を被り、蓑をつけ、赤い腹巻をしている。腰には打ち出の小槌。赤い髪は河童のような髪型だ。面は「赤鬼」という面だらしいが、能面の獅子口に似て、口をかッと開いている。

折口信夫風にいえば、蓑笠は他界から来訪する霊的な存在の象徴であり、「まれびと」のシンボルである。

その「まれびと」たる鬼は美しい女を見そめ、抱きつこうとするが、女に逃げられてしまう。


(5)鬼は柱に挿した鰯を杖で払い、外してしまう。(→鰯の魔除けって効きめがないのかな?)

そして打ち出の小槌で出した黒紋付きを着て、人間に変装する。
(舞台上の物着なのだが後見は手伝わず、自装。)


(6)色男に化けた鬼は、女の家に上がりこみ、打ち出の小槌で豪華な着物や帯を出して、女に贈る。
女は欄干に華やかな着物をかけて、うっとり。酒宴のひらいて、鬼を酔わせる。


(7)女は、酔いつぶれた鬼の着物を剥ぎ取り、盗もうとする。

着物を剥ぎ取って、相手が鬼だとわかった女は「鬼は外!」と豆をまいて、鬼を追い払う。鬼はほうほうのていで逃げ帰って、おしまい。


鬼は愛敬があって、どこか憎めない。
後家の女はおしとやかで、か弱そうなのに、腹黒&強欲。
いつの時代も怖いのは、男の鬼よりも人間の女、ですね (^_-)-☆

壬生狂言、楽しかった~!
愛好者が多く、若い演者がたくさん参加して、長くつづいているのも分かる気がする。嵯峨の狂言も面白かったし。念仏狂言、はまりそうです!




2020年2月3日月曜日

壬生寺の節分会

如月初旬になると、節分会が京都各地で催される。
ほんとうは「四方(よも)参り」といって、邪気の入り込む方角にある吉田神社、八坂神社、壬生寺、北野天満宮を順番に参拝するのがいちばんの厄払いになるらしい。
体力も気力もない私は、とりあえず裏鬼門にあたる壬生寺を訪ねてみた。

壬生屯所旧跡・八木家
壬生は新鮮組ゆかりの地であり、参道にはかつての屯所が建ち並ぶ。芹沢鴨が暗殺された場所として有名な八木家もそのひとつ。現在も八木源之丞の子孫が継承されているという。




京都鶴屋
その八木家が営む御菓子司・京都鶴屋。
店内は参拝客でぎっしり。名物は壬生菜入りの餅で粒あんを包んだ「屯所餅」。

壬生の誠せんべいや壬生の誠最中もあって、どれにしようか迷ってしまう。




旧前川邸
こちらも屯所だった旧前川邸(現・田野製作所)。
商家というよりも、武家屋敷らしい立派な門構え。




旧前川邸は個人の住居となっているため、通常は非公開。土日祝のみ玄関先の土間で新選組のグッズ販売されている。

なかは天井が高く、梁のしっかりした堅牢なつくり。築百五十年以上の古い建物なのに、昔の木造建築の技術の素晴らしさには感動してしまう。
(壬生は湿地帯なのに、24時間換気などないであろう古民家、湿気・白アリ対策はどうされているのだろう?)



前川邸間取り図
前川邸内には、小高俊太郎の拷問が行われた東の蔵や、野口健司が切腹した場所、山南敬輔が切腹した時の刀傷、原田左之助が殺害された場所など、血なまぐさい歴史の痕跡がいたるところに残されている。

そういう場所が今も住居として現役で使われているのが、京都の凄いところ。





幸福堂の焼き立てきんつば
露店でにぎわう参道。
幸福堂さんの節分限定「焼きたてきんつば」や厄除け幸福餅が大人気で、長蛇の列ができていた。職人さんもかき入れ時で大忙し。



壬生延命地蔵尊
人ごみに揉まれながら、ようやく壬生寺に到着。
ここから先もすごい人。
京都というか、関西は信仰心の篤い人が多い。




ほうらくの露店
壬生寺では、炮烙(ほうらく)という素焼きの皿に、厄除け祈願と家族の名前・年齢を墨書して寺に納める「ほうらく奉納」が節分会のならわしとなっている。

奉納された炮烙は、春と秋に催される壬生狂言の《炮烙割り》という演目の最後に、舞台から落とされて粉々に割られてしまう。炮烙が割られることで、厄除け・開運が叶うとされている。

壬生狂言の《炮烙割り》。
そう、能楽の狂言《鍋八撥》の類曲です。

狂言《鍋八撥》では、最後に浅鍋が割られ「おおっ! 数が多なってめでたい!」というオチで終わるが、おそらく念仏狂言の《炮烙割り》も「炮烙が割られることで数が増える=おめでたい=厄除け」という意味が込められているのかもしれない。





大護摩祈祷
壬生狂言とともにこの日のメインは、山伏たちによる大護摩祈祷(星祭)。

まずは、山伏が八方に矢を放ち、護摩場を浄めて結界を張る。次に、四方で剣を振り、魔を祓う。さらに大斧を振って、檜葉を刈らせてくださった山の神々に感謝を捧げる。最後に僧侶と山伏が祝詞を読み上げ、檜葉の山に火がともされる。

蠢く生き物のようにモクモクと煙を上げて燃えさかる炎を前に、山伏たちが呪文を唱えてゆく。

「東方に降三世明王、南方軍荼利夜叉、西方大威徳明王……」

まさにお能の祈祷です!
過去と現在、虚構と現実が交錯する季節の境目。その隙間に入り込む邪気を祈祷と炎のパワーで祓ってゆく。春を呼び寄せる壬生寺の節分会は磁場のような熱気に包まれ、人々の集団的熱狂さえ感じさせた。



壬生塚
境内には、新選組隊士の墓とされる壬生塚も。


お参りと護摩祈祷見学を終え、いよいよ壬生狂言を観に狂言堂に向かいます。

壬生狂言《節分》につづく