2020年2月16日日曜日

《不土野神楽》みやざきの神楽~神と人との舞い遊び

2020年2月15日(土)国立文楽劇場
注連縄で結界が張られた御神屋(みこうや)
【プログラム】
基調講演 神田竜浩(文化庁参事官付芸術文化調査官)

神楽公演 不土野神楽保存会
(1)壱神楽(下)
(2)鬼神面
(3)守の神楽(上)
(4)守の神楽(下)
(5)弓通し
(6)神粋
(7)山の神面
アンコール:四人大神(よったりだいじん)


伝統芸能月間第3弾は、楽しみにしていた「みやざき神楽」!

宮崎の神楽は、東京時代に高千穂の夜神楽(記事はこちら)、椎葉神楽「向山日添神楽」(記事はこちら)、日之影神楽(記事はこちら)と、国立能楽堂と國學院大學で過去3回拝見している。それぞれの神楽を比較できるので、ブログに記録しておいてよかったと思う。

4回目となるこの日に拝見したのは、椎葉村の不土野地区に伝わる不土野(ふどの)神楽。

椎葉村は日本三大秘境のひとつとされる。そのなかの不土野地区は30戸ほどの集落だが、この人口減少時代にあって、不土野地区では若年層の人口増加がみられるというから凄い! Googleストリートビューで見ると、谷間の川沿いに平屋建ての民家が点在し、なかには「ポツンと一軒家」に出てきそうな人里離れた場所に建つ家もある。ああ、こういう土地で不土野神楽が育まれてきたのだなあと思うと感慨深い。

それにしても、200以上の神楽があるという宮崎の神楽は、じつにヴァラエティ豊かだ。同じ椎葉村の神楽でも、以前観た向山日添神楽とこの不土野神楽とでは、演目はもとより、神庭や祭壇の飾り方、舞や衣装、太鼓の調子まで異なる。

舞台に飾られた「高天原」と呼ばれる祭壇
榊を伝って神々が降臨し、中央の鏡が依代となる
神楽は降臨した神々に向けて捧げられる

とはいえ、似ている部分も多かった。
以前も書いたが、村内26地区に伝承されている椎葉神楽の共通する特色は;

(1)狩猟や焼畑農業を営む山間部の集落なので、神楽にも狩猟神事が織り込まれている。

(2)唱教(しょうぎょう)を唱え、錫杖型の鈴を「ジュズ(数珠?)」と呼ぶなど、神仏混交の名残りがあり、修験道の影響が見られる。

そして、向山日添神楽と不土野神楽を観て個人的に思ったのは、
(3)椎葉神楽にも天岩戸伝説など神話に取材した演目もあるが、高千穂や日之影神楽と比べてストーリー性が薄く、より神事的・祈祷的な抽象性の高い舞が多いこと。

パンフレットによると、椎葉神楽には、さまざまな修験の作法が見られるという。刀を使う「火の神への祈祷」や、地割りの唱教、弓の祈祷作法などが多くあるそうだ(実際に、刀や弓矢が採り物としてよく使われていた)。

また、不土野神楽では、祭の前に御幣を切るための俎板や串、神、榊などを、呪文を唱えて九字を切って浄める作法もある。このときの唱え言は、室町時代にまでさかのぼる古い内容を伝えるという。


【神楽公演】(撮影OKだったので以下に掲載)
壱神楽(下)
《壱神楽(下)》
壱神楽は式三番のひとつで、不土野神楽では必ず最初に行われるお清めの舞。囃子は太鼓のみ。刀で魔を祓い、鈴の音で場を浄める。
とくに神聖な演目のため紋付袴で舞われる。

2人の祝子(ほうりこ)が裸足なのに注目。
不土野神楽では動きの激しい舞は、足袋を脱いで舞うらしい。




鬼神面
《鬼神面》
鬼神面の役は、白襷、シャグマ、面棒と日の丸扇を持ち、袴の腰に榊の枝を挿して舞う。ツキ面は、かけ帯、日の丸扇、鈴をもち、まるでストーカーのように、鬼神面にからみながら舞っていた。

囃子は太鼓のほかに、楽板(がくいた)が入る。
楽板は宮崎特有の楽器で、私の席からは見えなかったが、拍子木のようなものだろうか? 神を招き送る楽器とされ、面舞の神楽の最初に打たれる(*追記1)。

笛はかつて使用されていたが、現在の不土野神楽では使われていない。
打楽器だけの音楽のほうが、不土野神楽の男気のあるキリッとした舞に合っていた。好きだなあ、こういうエンタメ性の薄い、質実剛健な神楽。





観ていて感じたのは、不土野神楽では二人舞が多いということ。
これはもしかすると、狩猟の場で2人組になることが多いからではないだろうか。

たとえば『雪女』でも、老猟師と若い猟師がペアになって、吹雪のなか山小屋に泊まるという設定になっている。おそらく不土野でも昔からベテランと若手がペアになって山で狩りをしたのだろう。
かつては狩猟の際のペアが、安全祈願・豊猟祈願として神楽の二人舞を舞っていたのかもしれない。




守の神楽(上)その1
《守(もん)の神楽(上)》
弓と鈴を以て舞う二人舞。山の様子をあらわした神楽だという。
頭には毛笠(猪の毛が使われている)。

上の画像のように、みくまと麻緒を置いた折敷(おしき)に弓を立てて舞うが、この所作にはどんな意味があるのだろう?

勝手な想像だが、みくまと麻緒を置いた折敷を獲物に見立て、弓で仕留めたところを模擬実演する予祝儀礼なのかもしれない。




守の神楽(上)その2
守の神楽(上)の後半では上の画像のように、高天原(祭壇)から吊るされた棒に弓を掛け、弓を持ったまま、その下をくぐる所作をする。

これも何を意味するのかわからなかったが、おそらく何らかの呪術的行為なのだろう。





守の神楽(下)
《守の神楽(下)》
矢をもって舞う二人舞。
2本の矢を使って、弓で矢を射る所作をする。

演目の多くでは舞い始める前に、祝子たちが高天原(祭壇)に深くお辞儀をして、柏手を打つ。その瞬間から、厳粛な空気が立ち込める。山の怖さ、厳しさを知り尽くした狩猟の民ならではの敬虔な祈り。


《弓通し》
この後、観客(おもに子供)が10人ほど参加して舞台に上がり、二張重ねた弓のあいだをくぐる《弓通し》が行われた。《弓通し》は向山日添神楽でも行われており、椎葉神楽では一般的なものなのだろう。弓通しは茅の輪くぐりのようなもので、厄除けの意味があるそうだ。




神粋(かんしい)その1
《神粋》
白襷にかけ帯をしめた姿で、太刀をもって舞う勇壮な四人舞。
太鼓も激しく、大勢で獣を追い立てるさまを表現しているのだろうか。




神粋(かんしい)その2
鉢巻きに、山伏の兜巾を模した五角形の白い紙をはさんでいる。こうしたところにも修験道の影響が見てとれる。




山の神面
《山の神面》
山の神への崇敬の念が強い地域特有の演目。
ドラマティックな太鼓と楽板が入る。



四人大神(よったりだいじん)
《四人大神》
アンコールと称して、プログラムにはなかった《四人大神》が舞われた。

国立文楽劇場のステージは照明効果も素晴らしく、夜神楽の雰囲気がみごとに演出されていた。
もうすぐ朝だろうか。東の山の端が朝焼けで輝いてきた。祭りも終わりに近づき、白々と夜が明けてゆく……。



13人の祝子のみなさん、関係者の方々、素敵な神楽公演、ありがとうございました! 無病息災の福餅のおみやげまでいただいて。

不土野夜神楽は、毎年12月第一土日に行われるとのこと。

宮崎の神楽ではユネスコ無形文化遺産登録に向けた取り組みが進められているそうだ。過疎化や高齢化、後継者不足など数々の問題を抱えながらもこんなに素晴らしい神楽を伝承されているのだから、ぜひとも登録されてほしい。がんばれ、みやざきの神楽!




【追記1】
宮崎の神楽で神を招き送る楽器とされ、面舞の神楽の最初に打たれる「楽板」は、修正会で鬼が登場する際に拍子木などを打って大きな音を立てる「乱声(らんじょう)」と同種のものではないだろうか。
歌舞伎のツケなども、こうした修正会や神楽から派生したものと思われる。
おそらく楽板も、乱声も、ツケも、異界から何者かが訪れる時の効果音としての風雨や雷鳴を象徴しているのだろう。





0 件のコメント:

コメントを投稿