2018年10月13日土曜日

新作狂言の名作《死神》~ひがしおおさか狂言会

2018年10月12日(金)18時~20時 大阪国際交流センター・大ホール

解説 網谷正美

《文荷》 太郎冠者 茂山千五郎 次郎冠者 茂山逸平
     主 島田洋海 後見 網谷正美

《骨皮》 老僧 茂山千作 新発意 茂山茂
     傘借 山下守之 馬借 井口竜也
     斎呼 網谷正美   後見 増田浩紀

《死神》 死神 茂山あきら 男 茂山宗彦
     妻 茂山千三郎 
             召使 丸石やすし 鈴木実 増田浩紀
     後見 島田洋海 井口竜也



以前、京極夏彦が茂山家のために書いた妖怪狂言、《狐狗狸噺(こくりばなし)》をTVで観たことがある。
キツネとタヌキと山イヌの化かし合い、無限ループに嵌まり込んだような堂々巡りの展開に、リストラダメ男が巻き込まれてゆくというストーリーが茂山家の芸風に合っていて、とっても面白かった。

京極夏彦は新作狂言《新・死に神》も書いているけれど、この日は、いまでは茂山家のスタンダードナンバーとなった、故・帆足正規師による新作狂言の名作《死神》。

京極夏彦の新作狂言《新・死に神》は、落語《死神》のように布団の前後をひっくり返すのではなく、砂時計をひっくり返すという斬新な発想によっていたり、死神が死ぬというドンデン返しが用意されていたりと、京極らしい「味付け」がされている。

それに対し、帆足正規作の新作狂言《死神》は、円朝の古典落語に比較的忠実な内容だが、この日は、ホール狂言の特性を生かしたエンディングがとびっきりカッコかった。


茂山家と落語は縁が深く、とくに米朝一門とは昔から懇意にしていて、いまでも「お米とお豆腐」(「米」朝一門&お豆腐狂言)など、さまざまなコラボ公演が上演されている。

この日のテーマも「狂言と落語」。


最初の《文荷》は、太郎冠者と次郎冠者のキャラが狂言的ということでセレクトされたという。
能《恋重荷》のパロディでもあるこの曲を、実力派の千五郎さんと逸平さんが演じれば鬼に金棒。観客の心をしっかりつかんで放さない。
豊かな声量と確かな発声、絶妙な間の取り方に加えて、ステージ映えする体格と華やかさ。茂山狂言の醍醐味が堪能できた。


次の《骨皮》は、落語《金明竹》のネタになった狂言として採用された。
ほかにも、狂言に取材した落語としては、《鶴満寺》(狂言《花折》)や《松山鏡》(狂言《鏡男》)などがあり、落語と狂言の親和性の高さうかがえる。


最後はいよいよ《死神》
何もかもうまくいかない男(茂山宗彦)が欄干から身を投げて死のうかどうか逡巡しているところへ、死神(茂山あきら)が現われる。

茂山あきらさんは死神役をすでに百何十回も演じていらして、この役は彼の十八番のようなもの。
死神らしい、ジメーッとした陰湿で粘着質な感じがよく出ていて、この役を演じることが心底楽しく、快感なのが伝わってくる。

死神用に誂えたのだろうか、水衣風の晒のような白い衣に頭には三角布をつけ、面は嘯系の面だけれど、ふつうのうそぶきよりも色黒で、怨みがましい不気味な顔立ちだ。

死神は男のことが妙に気に入り、「お前は80歳まで長生きするから、いくら死のうとしても死に切れない」と言い、死神の秘密を伝授する。

「病人の枕元に死神が座っていたらそいつは寿命だから助からないが、枕元に座っていたらまだ寿命ではないので、呪文を唱えて死神を追い払えば病人は助かる」。そう言うと、男に呪文を教えて、消え去る。


……と、だいたい落語《死神》と同じ内容なので、ストーリーの説明は省くとして、「名医」となった男が病人の家を訪れる場面では、ここは狂言らしく、段熨斗目を布団に見立て、2人の召使に頼んで、この布団(熨斗目)の前後を逆に動かしてもらう。これにより、病人の枕元と足下を逆転させて、死神を追い払い、男はたんまりと礼金をせしめる。

(この時の死神は、最初にあった死神とは別の死神なので、茂山あきらさんが別の面をつけていらした。これもちょっと変わった面で、武悪系の変形のような、瞼がだら~んと垂れ下がった不思議な顔をしていた。)


わわしい妻を喜ばせようと家路を急ぐ男は、秘密を伝授された最初の死神にふたたび遭遇する。
死神の秘密を悪用した男のせいで、この死神は「死神組合」に村八分にされたと怒り、真っ暗な洞窟に男を連れていく。

洞窟の奥には無数のロウソクがゆらめいている。
不思議に思った男の問いに、死神はこう答える。「ロウソクはな、みな人それぞれの寿命じゃ。燃え尽きれは、その者は、死ぬ」。

男「では、この勢いよく燃えているロウソクは?」
死神「それは、先月生まれたお前の息子じゃ」

男「この厚かましそうに燃えているのは?」
死神「それは、お前の女房じゃ」

男「じゃあ、この細々と、今にも燃え尽きそうなのは、どいつの?」
死神「それは、お前じゃ」

男「ええっ!! 80歳まで生きると言ったのでは!?」
死神「あそこの、メラメラと燃えるロウソクがお前だったのに、お前があの病人と自分の寿命を取り換えてしまったのじゃ」

なんとかして助けてほしいと懇願する男に、死神は、心中に失敗した片割れのロウソクがあるから、これをうまく継ぎ足せば寿命が延びるだろうと言う。

男は必死で継ぎ足そうとするが、手がぶるぶる震えて……。

死神「ふっふっ、消ゆるぞ」
男「ああ、気が散る。ああ……」
死神「ふっふっふっ」

男「ああ、ああ」(手の震えがとまらない)

死神「ふっふっふっふ、ふっふ」

男「ああ、あ、消、え……」(後ろにバッタリ倒れる)

死神「ほうら、消えた」

(照明がサッと消え、会場は真っ暗に。)













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