2019年7月30日火曜日

片山九郎右衛門《安達原》~面白能楽館プロデュース

2019年7月27日(土)京都観世会館
面白能楽館「恐怖の館」からのつづき
白川で気持ちよさそうに涼んでいたアオサギさん

能《安達原》シテ片山九郎右衛門
 祐慶 小林努 山伏 有松遼一
 能力 茂山千三郎
 左鴻泰弘 曽和鼓堂 河村大 前川光範
 後見 大江信行 梅田嘉宏
 地謡 河村晴道 味方玄 分林道治
    浦部幸裕 橋本光史 吉田篤史
        河村和貴 大江泰正


やっぱり凄かった、九郎右衛門さん! 
これだから目が離せない。

解説の林宗一郎さん曰く「現代の能楽師が考え得る工夫」を凝らした《安達原》。鬼女の「心の闇と悲しみに迫るところ」と「鬼の形相で出てくる女の勢い」が見どころとのこと。

その触れ込みにたがわず、いや、ふれ込み以上に、随所に工夫が凝らされ、鬼女の内面に迫ったこの日の舞台は、まちがいなく、私がこれまで観たなかで最高の《安達原》だった。

照明がいつもより落として、見所が暗めになっていたのもよかった。こういう曲やしっとりとした深みのある曲は、これくらいの照明のほうが雰囲気が出る。



【前場】
短縮バージョンなので、ワキの次第は地謡が引き受け、道行はカット。名乗りのあと、すぐさま陸奥の安達原に到着(早っ!)。

ワキの山伏一行が着くと、笛の独奏が入る。この左鴻さんの笛から、安達原の荒涼とした空気と、女のわび住まいの寂莫たる雰囲気が醸成されてくる。


〈糸車を回す場面〉
シテは、陸奥の風さながらの寂寥感のある地謡にのせて、古い映写機のようにゆっくりと枠枷輪を回しながら「日陰の糸」「糸毛の車」「糸桜」と糸尽しの歌を謡い、そこに自らの過去を投影させてゆく。

「長き命のつれなさを思ひ明石の浦千鳥」から、命を長らえたくないとでもいうように、糸車を回す速度が速まり、女は感極まって泣きくずれてしまう。
シテのまとう孤独な影が、憐れな女の輪郭をなぞっている。

こういう影の表現が、九郎右衛門さんらしい。
孤独な人間の脆い部分にスーッと入っていける人。
人の心の傷に、自然に寄り添える人なのかもしれない。

そして、ヒロインの気持ちに同化するだけでなく、能面の魂を肉体に憑依させ、その魂を表現できるだけの神業的身体技能をもつ人でもある。

まさに心・技・体の3つが渾然一体となって、九郎右衛門さんの舞台を創り上げていた。



〈鬼の気配〉
「あらうれしや候、かまへてご覧じ候ふな」と、閨のなかを覗かないよう念を押す女の声に、「どうか、わたしを裏切らないで」と哀願するような気持が滲む。

だが、アイの従者に再度念を押すところから、しだいに「鬼」の心が顔を出す。
一の松で立ち止まる場面では、姿は女でも、背後の影は鬼になりかけているような、そんな気配が漂っていた。




【間狂言】
女との約束は裏切られ、閨のなかを覗かれてしまう(聖職者なのに女性の寝室を覗くなんて……)。なかには腐臭漂う死体の山。
(関西の間狂言は東京と比べて、わかりやすいというか、オーバーアクションなんですね。)



【後場】
幕が上がり、鬼女となった後シテ登場。
三の松でしばし佇んだあと、ススーッと後ろに下がって幕のなかへ。
早笛の囃子とともに、ふたたびサッと幕が上がり、勢いよくシテが出て、一の松で謡いだす。

この「焦らし」と「勢い」、「前進」と「後退」のメリハリの効いたシテの出が、めちゃくちゃカッコいい!


照明を落とした舞台のなか、シテが打杖を振り下ろす。般若の面がおぞましくも、恐ろしい。金泥の眼が怨みの炎で鈍く光り、耳まで裂けた口から底なしの闇がのぞき、凄まじい憎悪の念を沸々とたぎらせている。

やがてシテは橋掛りに向かう途中、後見座の前で、背負っていた柴をサラリと落とす。《道成寺》の鱗落としと同じ型だが、どことなくエレガントで品がある。

九郎右衛門さんの鬼女は邪悪に見えつつも、かつては奥ゆかしく美しい女性であったと思わせる気品と恥じらいが、所作や物腰の端々に感じとれる。こういうところに惹かれるのだ。


イノリの囃子のなか、息をつく暇もないほどの迫力ある鬼女と山伏のバトルが繰り広げられる。
燃えたぎるような鬼女の怨念に山伏たちは圧倒されたかに見えたが、「東方に降三世明王……」と山伏たちが神々の名を唱えると、シテの勢いはみるみる衰えてゆく。

この鬼女の忿怒の形相と、呪文の効力に威力を失ってゆくさまとの明暗表現がじつにあざやか。眼に見えない衝撃が鬼女を襲ってゆくのが、手に取るようにわかる。


最後は山伏たちに祈り伏せられ、タタターッと橋掛りを進んでそのまま幕入り。


……かと思ったが、ふたたび幕が上がり、

そこには、
鬼の姿をした女がひとり、

救いのない孤独のなかで、
むせび泣いていた。






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