2018年5月22日火曜日

宗祖降誕会・祝賀能~西本願寺南能舞台

2018年5月21日(月)12時30分~15時40分 西本願寺南能舞台

能《屋島》シテ 片山九郎右衛門
   ツレ 大江信行 ワキ 福王茂十郎 アイ 茂山千五郎
   杉市和 大倉源次郎 石井保彦
   後見 青木道喜 田茂井廣道 梅田嘉宏
   地謡 河村和重 河村晴久 河村晴道 味方玄
      片山伸吾 分林道治 橋本光史 大江泰正

狂言《口真似》茂山七五三 茂山あきら
       後見 島田洋海

仕舞《箙》   浦田保浩
  《車之段》 橋本雅夫
  《西行桜》 武田邦弘
  《国栖》  井上裕久
    杉浦豊彦 味方團 深野貴彦 橋本忠樹 宮本茂樹

能《胡蝶》シテ 大江又三郎
   ワキ 福王知登 アイ 茂山忠三郎
   杉信太朗 曽和鼓堂 河村大 前川光長
   後見 井上裕久 林宗一郎 大江広祐
   地謡 浦田保浩 古橋正邦  吉浪壽晃 浦田保親
      浅井道昭 浦部幸裕 吉田篤史 河村和貴




【西本願寺南能舞台】
南能舞台(重文)は最大級の古能舞台とされ、切妻を飾る太閤桐の蟇股がアカンサスの柱頭彫刻を思わせる荘厳華麗な佇まい。
いかにも天下人が好みそうな豪奢なつくりだが、能舞台の軒下欄間に施された透かし彫りには優しく繊細な趣きもある。
(残念ながら能舞台も、見所となった対面所も撮影禁止。)


切妻造の巨大な屋根で覆われているため、舞台上に直射日光が射しこむことはほとんどない。その代わり、敷き詰められた白洲が太陽光を反射するため、舞台は天然の間接照明で照らされる。


以前、武蔵野大学の講演会で片山九郎右衛門さんが、西本願寺の能舞台では古くて良い面・装束ほど映え、新しい面・装束では浮いてしまうとおっしゃっていたが、たしかにその通り。
精緻な文様の細やかさ、最高級の染料を何度も何度も重ねた染めの技術・洗練された織の技術、使い込まれるなかで沁み出す味わいと落ち着き。そうした装束をまとい、この類まれな舞台にふさわしい能を舞ってはじめて、タイムカプセルに包まれたようなこの特別な場と調和する。




能《屋島》
《屋島》の後シテの装束は、金糸をふんだんに織り込んだ贅を尽くした衣装。
吹き抜ける風が、屋島の浦風のように袖や裾を靡かせ、一種の舞台効果となっていた。


通常の屋内能舞台のベッタリした均一な照明ではなく、時間とともに、雲の流れとともに刻々と移ろう自然光が、面に独特の陰翳をつくり、場面場面でのシテの心の動きがその表情にあらわれてくるかのような錯覚を起こさせる。


そうした南能舞台ならではの照明効果も計算に入れたのだろうか、
この日上演された《屋島》では、錣引きの場面こそ写実的な型があったものの、ほとんどの場面でシテはドラマティックな所作を排し、ひたすら不動のまま床几に掛かり、地謡の謡に黙って聞き入るやり方をとった。


日差しの加減の変化に合わせて、前シテの尉面は老成した義経の魂を皺の中に刻み、後シテの平太が思索的で内省的な表情を浮かべ、憂いに沈む。

不動で無言のまま床几に掛かっているからこそ、能面が地謡の声で語り出し、胸の内を吐露しているようにも思えてくる。


厭世観の漂うカケリのあと、シテは「(月に白むは)剣の光」で腰から抜いた太刀を振りかざす。
その瞬間、陽光を浴びた刃がキラリと光り、妖刀を思わせる鈍い輝きを放った!

自分ではどうにもできない闘争本能に駆り立てられるように、シテは流血を誘う妖刀をふるい、見えない敵を華やかな所作で斬り倒してゆく。

「打ち合ひ、刺し違ふる」と右足を挙げて斬りこみ、敵を突き刺す。
その鋭く華麗な太刀捌きとは裏腹に、シテの背中にはどこかメランコリックな影が射していた。
戦闘を繰り返すことの空しさをどうすることもできない武士の性、悪人の姿。


これこそ西本願寺の宗祖・親鸞が救いたかった悪人の姿かもしれない。




【自主休憩→対面所・虎渓の庭鑑賞】
祝賀能は休憩なしなので、(ほんとうは観たかったんだけど)狂言の時間に自主休憩。
見所となっている対面所(国宝)をじっくり鑑賞した。

対面所は門主との対面に使われた場所で総面積204畳の大広間。中央は座敷能舞台としても使われ、絢爛豪華な金碧障壁画や欄間彫刻で装飾されている。

とくに、別名「鴻の間」の由来ともなった「雲中飛鴻」という欄間彫刻は圧巻! 
これはもう透かし彫りというよりも、まるでコウノトリの精巧な丸彫りを嵌め込んだよう。迫力ある立体感・量塊感に目を見張る。

門主が着座した対面所の上段・上々段には中国の故事にちなんだ西王母や唐子の障壁画と、ほのかな明かりを通す付書院や瀟洒な違い棚が設えられていて、なにかもう、現代ではないような、異次元の空間だ。

座敷奥の、行燈の光にぼんやり浮かぶ金泥・金箔や極彩色の色彩が鈍く沈んで、陰翳礼讃さながらの世界! 
あまりの美しさに、何度もため息をつく。
ここだけ、時の流れが沈澱している……。


祝賀能の入場場所となった虎の間玄関(国宝)と対面所をつなぐ東狭間の間には、無数の書物が描かれた天井画がある。
天井画の中央にはチェシャ猫のようにちょっと不気味でユーモラスな表情をした猫が描かれ、ネズミから書物を守るべく睨みをきかせていた。


東狭間の間に接する縁側通路からは、特別名勝「虎渓の庭」が一望できる。
御影堂の屋根を借景にして廬山に見立て、巨大な青石で山水画のような峻厳な岩山をつくった豪放な枯山水。石橋の向こうには大きなソテツが生い茂る。
武家好み、殿様好みの庭にしばし見入る。





【仕舞と能《胡蝶》】
祝賀能では演者は全員半裃姿で出勤。
仕舞も厳粛な雰囲気で、杉浦豊彦さん地頭の地謡がとくによかった。

能《胡蝶》では、間狂言の時にアゲハ蝶が飛んできて、作り物の梅の花に一瞬吸い寄せられたが、「あ、違った!」と思ったらしく、ふたたび方向転換してヒラヒラと飛んでいった。
なんとも気の利いたハプニング!
屋外能舞台には自然と偶然がプロデュースするこんな演出もあるから面白い。


この日は快晴。
見所の桟敷席は張り出した書院の屋根と軒先の幕で覆われ、ほどよい日陰。ときおり風が吹き抜けて清々しく、気持ちがいい。
格好の観能日和、最高の舞台とロケーション。
阿弥陀如来と親鸞聖人、門徒の方々に感謝!










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