能 《殺生石・白頭》 シテ里女・野干 片山九郎右衛門
ワキ玄翁上人 舘田善博 アイ能力 河原康生
寺井宏明 幸正昭 亀井広忠 梶谷英樹
後見 味方玄 梅田嘉宏
地謡 観世喜正 山崎正道 馬野正基 永島充
角当直隆 坂真太郎 谷本健吾 川口晃平
後場
ノットの囃子が流れるなか、
源翁上人は殺生石に向かって花を手向け、焼香し、
「急々に去れ去れ」と、払子で地面を二度突き、
さらに払子を投げ捨てて、石塊を回向する。
ここで太鼓が入って、出端の囃子となり、
石中から「石に精あり、水に音あり」と
地底から響くような重々しい声が聞こえてくる。
そして、
「形は今ぞ現す石の」から、囃子が急調に転じ、
「二つに割るれば」で、殺生石がパカッと真っ二つに割れて、
現れたのは床几に掛けた白頭の野干。
面は、眼光鋭く、敏捷性を感じさせる精悍な泥小飛出。
装束は、衣紋付けで着つけた朱色の狩衣に白銀の半切。
白頭の上には九尾の狐のフィギュアが載っている。
この白狐、前脚を突いて、後脚を大きく蹴り上げた姿で、
九つに分かれた尾が菊の花弁のよう華やかに開き、
尾っぽの先がそれぞれ朱色に染まっていて、
か、可愛い! めっちゃキュート!
能に登場する妖怪・老狐・鬼や天狗は、恐いだけでなく
どこかコミカルで、愛嬌があって、憎めない姿をしている。
後シテは一畳台上の床几にかかりながら、野干の正体を明かしていく。
インドでは班足太子の塚の神として千人もの人々を虐殺させ、
中国では幽王の后・褒姒となり傾城の名の如く、周王朝を滅亡させ、
日本に渡ってからは鳥羽院の寵妃・玉藻の前となって王法を傾けようとしたが、
そこへ安倍泰成が現れて――、
ここから後見によって床几がはずされ、
立ち上がったシテは扇を幣に見立てて、
泰成に御幣を持たされ、祈り伏せられたさまを再現し、
「やがて五体を苦しめて」で、
身悶えするように足拍子。
「雲居を翔り海山を越え、この野に隠れ住む」で、
左袖で顔を隠す。
「その後、勅使立って」で、再び床几にかかり、
三浦の介・上総の介に化生退治の命が下ったところで
再び立ち上がり、
両介が数万騎の大軍を率いて那須野に分け入り、
妖狐狩りをする場面から、カケリの囃子が入る。
《殺生石・白頭》へのカケリの導入は八世銕之丞の考案らしく、
先日Eテレで三響會の特集が放送された時もそうだったけれど、
この日も八世銕之丞の兄弟弟子・九郎右衛門師&広忠師の
組み合わせだったこともあり、
老狐狩の場面が自然とカケリの演出になったのかなと勝手に推察。
そして、九郎右衛門さんの狙いが功を奏し、
このカケリによって、
追う者と追われる者の切迫感・疾走感が際立ち、
狩猟の場面がこの日最大の見せ場となったのです。
「顕れ出でしを狩人の」で、シテは橋掛りの欄干に片足をかけ、
「追つつまくつつさくりにつけて」で、舞台に戻り、
「矢の下に射伏せらされ」で、
扇を矢に見立てて腹に突き立て、飛び安座。
ほかにも憶えきれないほどの型の連続なのだけれど、
それがじつに流麗で、
フィギュアスケートの連続技を観るような高揚感と陶酔感を
観者に覚えさせる。
こういうところが、さすがは九郎右衛門さん。
この方の舞台には麻薬のような魅力がある。
いつまでも永遠に見ていたいと思うし、
終わってしまうと、またすぐに次の舞台が見たくなる。
「この後、悪事をいたすことあるべからずと御僧に」で、
シテはワキに向かってお辞儀をし、
最後は、「鬼神の姿は失せにけり」で、
両腕を抱えたまま眠るように安座。
安らかに石になって成仏したことを表しているのでしょうか。
悠久の時を生きた妖狐を哀悼するかのように、
後シテは静かに舞台を去り、
橋掛りの奥へと消えていったのでした。
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