2019年8月11日日曜日

同研能~狂言《鳴子遣子》・能《歌占》

2019年8月10日(土)嘉祥閣
千丸屋さん。NHK「百味会」で父子喧嘩してはりましたが、やっぱり夏の暖簾は白。
解説  吉浪壽晃
狂言《鳴子遣子》島田洋海
 井口竜也 山下守之
 後見 茂山茂

能《歌占》吉田篤史
 子方 吉田学史 ツレ 寺澤拓海
 杉信太朗 曽和鼓堂 谷口正壽
 後見 井上裕久 浅井通昭
 地謡 浦部幸裕  吉浪壽晃 寺澤幸祐



解説
まずは、吉浪さんの分かりやすい解説。
《歌占》の次第「月の夕べの浮雲は後の世の迷ひなるべし」の謡のちょっぴりお稽古もあって、楽しかった。吉浪さん、この日も好い声。

(解説の自分用メモ)
《歌占》のクセは「三難クセ」のひとつ。三難クセには、ほかに《白鬚》《花筐》がある。ただし、宝生流ではレパートリーに《白鬚》がないので、《山姥》のクセが三難クセに入る。



狂言《鳴子遣子》
ガラガラと音を鳴らして鳥を脅す道具を「鳴子」と呼ぶか、「遣子」と呼ぶかで言い争うお話。
遣子と呼ぶのは「引いて放てば鳴る」からなんですね。なるほどー。

嘉祥閣では至近距離で拝見できるので、演者の視線の動きまでよく分かる。
判定役となるシテの島田洋海さんがうまい。
言い争っている二人が賭けている刀を最後に持ち去ってしまうところなど、間の取り方や声の調子がなんともうまくて、視線の芸も見事。

それにしても、シテの主人が言った、どちらが勝っても負けても遺恨を残すから、どちらが正しいかなんて決めないほうがいい、というのはなんとも含蓄のある言葉。

たしかに、白黒つけずに曖昧なままにしておくほうが良いことって、人間社会には多い。世渡り上手は、のらりくらりとやり過ごす人だったりする。
『狂言から学ぶ!処世術』みたいな本があったら読んでみたい気がする。

世知辛い世の中、狂言的な思考で渡っていけるといいな。




能《歌占》
《歌占》は宗教民俗学的にも大変興味深い。

白山信仰の祭神・白山比咩大神は生命の蘇生を促す神であり、分霊社では「黄泉がえり」の神事が行われてきた。御神体の白山近辺の各神社では昔から猿楽能が盛んだったとされている。
能《歌占》は、そうした白山信仰を背景に作られた原曲を、観世元雅が「地獄の曲舞」を挿入するなどして換骨奪胎し、洗練化した作品。

おそらく中世には、「黄泉がえり」を体現した風体の芸能者が、地獄のありさまを再現する舞や芸が行われていたのかもしれない。

暗くジメジメした俊徳丸伝説を、《弱法師》のような清浄無垢な作品に仕立てつつ、オリジナルがもつ土俗的な香りを残して独特の世界を構築したように、《歌占》にも原曲のもつ呪術的要素が多分に残されていて、こういうアレンジの妙が元雅の卓越した手腕であり、彼の作品の魅力だと思う。


この日の《歌占》では、とても愛らしい子方さんがキリッと引き締まった表情で舞台にひたむきに向き合っていらっしゃって、その姿が健気で清々しい。朗々とした謡もよかった。

感動的だったのが、シテのお父様との再会シーン。
渡会某が幸菊丸の両肩に手を載せて、父子の対面を喜び合う場面が情愛に満ちていて、胸に響くものがあった。
シテが神懸って立廻り、難しい型の連続で狂乱のさまをあらわすところも印象的。

京観世の名門・井上一門らしい地謡もよく、大小鼓も爽快。なかでも、大鼓の谷口正壽さんが、あいかわらず気迫満点で、めちゃくちゃカッコいい!

夏の暑さを吹き飛ばす御舞台でした。




帰りに立ち寄った大極殿・栖園。
帰省土産はこちらで調達。



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