清々しい元旦の朝 |
舞囃子《高砂》 片山九郎右衛門
仕舞《鶴亀》 井上裕久
《吉野天人》 河村晴久
《鞍馬天狗》 浦田保浩
舞囃子《羽衣》 大江又三郎
狂言小舞《雪山》 茂山千作
舞囃子《猩々》 青木道喜
祝言《四海波》 全員
はじめてうかがう京都観世会の謡初式。
鏡板の前には鏡餅をお供えした祭壇が設けられ、いかにも神と人とをつなげる厳かな儀式がはじまりそう。元旦早々、観世会館には多くの人が詰めかけ、1階は満席、2階もかなりの入りで、立ち見の方もいらしたとか。
観客もまさに老若男女。若い人も多く、演者も観客も、みなさん熱心。
京都は、能にアツい街なのだ。
舞台上に設けられた祭壇 |
今年の観能は九郎右衛門さんの舞囃子《高砂》ではじまる。
なんとも、めでたい!
ここの謡初式では、舞囃子でも仕舞でも地謡が14~18人構成。地謡が大人数なのは、「謡初式」の名の通り「謡を謡う」ことがメインだからかも。
切戸が開き、総勢16人の地謡を従えて九郎右衛門さんがあらわれた。
舞台にも見所にも、熱気と緊張感がみなぎるなか、「高砂や」の待謡がはじまった。
この日の九郎右衛門さんの《高砂》からは新年の決意と、祈りの念力のようなものが強く伝わってくる。
とくに両ユウケンのところ。
ほんとうに、神的パワーで魔を祓っているよう。
数時間前までは日吉大社の翁だった方だもの、ふつうの人とは威力が違う!
《高砂》は、片山一門主体の地謡だったのに対し、井上裕久さんの仕舞《鶴亀》の地謡は(たぶん)井上&林一門の構成。
昨年二月の東京での公演でも感じたけれど、さすがは謡講をされているだけあって、井上一門の謡はすばらしく、林一門の謡も京観世らしい、わたし好みの謡。
仕舞では、とりわけ謡に聴き惚れた。
最後は、全員による祝言《四海波》。
メディアでよく紹介されるのでおなじみの光景だけれど、九郎右衛門さんを先頭に総勢50名ほどの能楽師が舞台に勢ぞろいした姿は、壮観。
(これまで何度か拝見した東京の梅若の謡初式では、一門としてひとつにまとまり、式のあいだ終始キリッと背筋が伸びるような緊張感に貫かれていたが、京都観世会のように異なる門下の方々を束ねていくのは、また別のご苦労があるのだろうと思ったことだった。)
終了後、ロビーでは能楽師さんたちによる振る舞い酒が。
お酒をのせたトレーを持ってニコニコしている九郎右衛門さんから、いただこうかな、いただきたいな、と思いつつも、悲しいかな、あまりにも憧れすぎて半径3メートル以内には近づけず。。。
目の前に味方玄さんがいらっしゃったので、玄さんからいただいた。
おいしい! 好みの味(銘柄はなんだろう?)。
こういうところでいただくお酒は格別ですね。
身も心もあたたまったので、いざ、平安神宮へ。
0 件のコメント:
コメントを投稿