2017年10月12日木曜日

運慶展~興福寺中金堂再建記念特別展

会期:2017年9月26日~11月26日  東京国立博物館 平成館



運慶展、予想以上に素晴らしく、懐かしい仏像たちとの再会に感無量。

とくに今回は、運慶の父・康慶の凄さに目を奪われた。
実物を前にした時の、彫刻空間にみなぎる迫力、像からほとばしる「気」のパワーには圧倒される。
時代や奈良仏師・大和猿楽の違いはあるけれど、現代まで生き続ける画期的な芸術を大成させたという点において、運慶が世阿弥なら、康慶は観阿弥ともいうべき存在。
もっと観阿弥レベルにメジャーになり、評価されてもよいのではないだろうか。



以下は、各コーナーごとの感想&メモ。

【第1章 運慶を生んだ系譜~康慶から運慶へ】
国宝《法相六祖坐像》康慶作 鎌倉期 1189年 興福寺
その康慶の作品。
衣文には、激流を思わせる勢いがあり、彫りが深い。
切れ味の冴えたノミ遣い。
寄せた眉根、深く刻まれた皺、上目遣いの眼の表情など、明治期の生き人形を見るようにリアルで生々しく、六祖それぞれの性格・人間性・感情が活写されている。


重文《四天王立像》康慶作 鎌倉期 1189年 興福寺
康慶の傑作。
息をのむような量塊(マッス)から放出される気迫と威圧的な存在感は圧巻!

何よりも魅力的なのは、邪鬼の表現だ。
巨大な四天王に踏みつけにされ、口を大きく開けて喘ぐ邪鬼からは、『北斗の拳』でケンシロウに殺られたときの「あぽぱ!」みたいな断末魔の叫びが聞こえてきそう。
甲冑の腹部にある海若(あまのじゃく)の、猛烈な噛みっぷりも面白い!



重文《阿弥陀如来および両脇侍坐像》 平安期 1151年 長岳寺
長岳寺・阿弥陀如来は日本最古の玉眼仏。
猫背気味の丸い背中や、おっとりした眠たげな目もとなど、定朝様の平安仏の面影を示している。


国宝《大日如来坐像》運慶作 平安期 1176年 円成寺
運慶20代、最初期の作。

一般に玉眼は、頭部の内刳の内側から凸状にした水晶片を嵌め込み、その水晶レンズの裏側から瞳や虹彩を描き、その上から和紙をあて、木と竹釘で固定する。

ギャラリースコープで各像の玉眼を観ていくと、それぞれの年齢や個性に合わせて、運慶がいかに微妙かつ精巧に、玉眼に変化を持たせているのかがよくわかる。

この伏し目で切れ長の目をした円成寺・大日如来像では、虹彩に艶のある紅が施され、白目の部分には少し濁りのある和紙が当てられていて、引き締まったみずみずしい体躯とは裏腹に、峻厳なほど老成した表情に仕上げられている。

瓔珞には青の宝玉、宝冠には赤い珠が残され、唇に入れられた紅の彩色も当時の名残りがをとどめていて、あでやか。


【第2章 運命の彫刻~その独創性】
国宝《毘沙門天立像》運慶作 鎌倉期 1186年 静岡・願成就院
康慶作・四天王寺立像の直後に観たからか、全体的にきれいにまとまりすぎているように見える。
とりわけ甲冑の表現があまりにも整いすぎていて、規格化された印象すら受ける。

もちろん、生命力あふれる逞しい肉体には充実したハリがあり、腰をひねったポーズも洗練されていて、名作なのは間違いないが、邪鬼も大人しく小さくまとまり、個人的には何かひとつ、面白みに欠ける気がした。




重文《地蔵菩薩坐像》運慶作 鎌倉期12世紀 六波羅蜜寺
今回の運慶展のなかで個人的にいちばん好きな像。
運慶作にしては珍しい一木造。
衣文表現が極めて流麗で、全体的には落ち着いた静謐な造形。

瞑想的な目はほとんど閉じているようでいて、心の奥底までしっかり見ていてくださる、分かってくださるように見える。
同じ空間にいるだけで心が癒されるような、美しい地蔵菩薩坐像だった。




国宝《八大童子立像》運慶作の6体 鎌倉期1197年 高野山金剛峰寺
どれも素晴らしいが、とりわけ制多伽童子は秀逸。

利発そうな顔立ちを引き立てているのが、玉眼の表現。
白目の部分は輝くように白く、黒曜石のような光を宿した瞳をとりまく虹彩の石榴色の赤は、少年らしい生気と色気を感じさせる。
黒目の大きさと視線の向きを左右で変えることで、まるで生きているように人間味のある精彩に富んだ表情を与えている。
(生身の人間も、通常、黒目の大きさが若干違う。)

衣に残された截金文様がライトを浴びてキラキラと光っているのも、少年期の輝きを伝えているよう。



国宝《無著・世親菩薩立像》運慶作 鎌倉期1212年ころ 興福寺
4世紀末~5世紀初頭に北インドで活躍した法相教額の大成者・無著世親兄弟。
実際に手掛けたのも運慶の二人の息子兄弟で、運慶が統括したとされる。

老年の無着の眼は、白目が鈍く濁った玉眼で、虹彩にも紅は入れられず、瞳がグラデーション的に茶色くぼかされ、眼輪筋にもたるみがあるが、世俗的な感情を超越したような、精神的な深みを湛えている。
左の目と頬を貫く二筋のヒビが、焼き物の金継ぎのような趣き。

手の表現が極めて精緻で、左爪が薄く伸び、皺のある手の甲には骨と血管が浮き出ている。

西域らしいエキゾチックな世親の鷲鼻も印象的だった。



国宝《四天王立像》運慶作か? 鎌倉期13世紀 興福寺南円堂
近年、運慶作である可能性が濃厚とされつつある4体の立像。

康慶の四天王立像の作風を受け継ぐような力強い量塊感。
おそらく運慶が子息や弟子たちに分担してつくせたのだろう、4体の出来にいくぶん差があり、増長天と多聞天が躍動感やポーズの勢い、体躯のプロポーション、顔の表情の気迫の点で抜きん出ている。



【第3章 運慶風の展開~運慶の息子と周辺の仏師】
国宝《重源上人坐像》   鎌倉期13世紀  東大寺
萎びてたるみきった肌の質感、頸の後ろの骨々しさなど、まるで即身成仏した高僧のようにリアルすぎるほどリアル。
この実体感・実在感からは、崇高なオーラさえ感じた。



国宝《天灯鬼・龍燈鬼立像》 龍燈鬼・康弁作 鎌倉期1215年 興福寺
天燈鬼の舌をそり上げ、歯をむき出しにした口からは豪放な叫び声が聞こえてきそう。
康慶作・四天王の邪鬼を思わせる闊達な表現。



重文《十二神将立像》   鎌倉期13世紀 浄瑠璃寺伝来
運慶没後の慶派仏師集団の作とされる。
頬杖をついてひと休みする者や、見栄を切る者、ディズニーキャラクターのような表情の者など、じつにユーモラス。
12体が勢ぞろいしたのは42年ぶりというから、仲間たちと再会できて神将像たちも楽しそう!



重文《子犬》 湛慶作か? 13世紀 高山寺
丸山派の絵画に出てきそうななんとも愛らしいワンちゃん。
耳がまだねていて、尻尾がクルリ。
首を傾げたポーズが、ビクター犬を思わせる。






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