珍しい能面も多く、内容が充実していて、これだけの数が並ぶと違いが分かって
勉強になった。 まずは、若い女面から。
宝来女「井関大幸坊作」陰刻、室町・安土桃山16世紀、上杉家伝来 |
↑ 解説によると、
室町中期の面打・宝来が創作したとされる金剛流固有の若い女面で、
髪筋は3筋、交差せずにまっすぐ描かれ、《楊貴妃》などに用いられるとのこと。
舞台では一度も拝見したことがないので見てみたいけれど、
金剛流の舞台に根気よく通い続けないと、なかなか出合えないということですね。
班女「洞水打」朱書、江戸期17・18世紀 |
↑ 班女の専用面。
情の深い一途な女性という印象で、《班女》の花子にぴったり。
若女「出目満茂」焼印、江戸期18世紀 |
↑ 上品で清楚な若女。
写真よりも実物のほうが若々しく可憐でした。
でも、やはり昔の美の基準は、鈴を張ったような丸い大きな目ではなく「引目鉤鼻」。
東博解説によると、「額の中央から少し太く2本、こめかみあたりに細く3本、
その下へ3本の髪筋を描く」とのこと。
ただし、髪筋による見分け方は至近距離では参考になるけれど、
舞台上での使用面を見分ける際の手掛かりにならなない。
孫次郎「天下一是閑」焼印、江戸期17世紀 |
↑ 室町末の金剛座太夫・孫次郎が亡き妻の面影をもとに創作した面が原型とされる。
孫次郎と増女の区別がいまひとつ分からなかったけれど、こうして並べてみると、
孫次郎のほうが血の通った艶めかしさがあるのに対し、
増女は近寄りがたい清麗さをもつ、まさにクールビューティ!
東博解説によると孫次郎は、
「額中央から2本、こめかみから3本または4本の髪筋がある」という。
万媚、江戸期17・18世紀、上杉家伝来 |
↑ 万媚は孫次郎よりもさらに肉感的で、妖艶。
男好きのする丸いbutton noseに、口角の上がったぽってりした唇。
下ぶくれのぽっちゃり顔。 垂れさがった目尻。
面打ちって、ほんとうに女性の顔をよく研究していますね!
(たぶん同じ傾向を持つモデルが何人かいて、その特徴を合成してるのかも。)
解説によると「額の中央から3本の毛筋が、途中で交差し、3本ないしは4本になる。
安土桃山時代の面打、出目秀満と能をよくした下間少進(しもつましょうしん)が、
色気と妖気を必要とする《紅葉狩》の上臈役のために創作したといわれ、
《殺生石》の里女にも用いられている」とのこと。
増女「天下一近江」焼印、江戸期17・18世紀 |
深井にも若々しい面があるので、増女と区別がつかない時がある。
解説によると「額の中央から左右へ2本、こめかみのところは細く3本、
こめかみから頬へ3本の髪筋が描かれる」そうです。
いや、それにしても、お能を見ない頃は、
能面ってのっぺりしたイメージだったのですが、
どれも切れ長とはいえ、くっきり二重の目なのですね。
近江女「出目満茂」焼印、江戸期18世紀 |
↑ 近江女って、ヴァリエーションが多くて、つかみどころのない印象だったのですが、
この面と解説のおかげで少し立ち位置が分かったように思いました。
出目満茂の近江女は気品があり、どこか悲しみを秘めているようにも見えます。
しかし、解説によると、
「小面や若女は感情をうちに秘めるが、(近江女は)あえて感情の表現を強く出す。
頬はやや細く、目尻が下がり、下歯を覗かせる。他の若い女面とは異なり、
眼が丸くくりぬかれているのも特徴。恋を捨てきれない女の執念を表し、
《道成寺》などに用いられる」そうです。
近江女で思い出すのは、去年、鎌倉能舞台で《六浦》を拝見した時のこと。
シテの観世喜正さんが増女を持参した際に、
「紅葉しない紅葉の精」という比較的地味な役柄なので、増女よりも近江女のほうが
ふさわしいのでは?という声が囃子方(元伯師たち)からあがったと
中森貫太師が解説していらっしゃいました。
シテと囃子方とで曲の解釈が異なるのが面白かったのと、
そういうことを和気あいあいと言い合えるほど皆さん仲がいいのだなー、と。
こういう楽屋話を聞けるところが鎌倉能舞台の良いところ。
けっきょく舞台では、喜正さんが超美人の増女で優雅に舞って、
満席の見所を大いに満足させたのでした。
小面(重文)、室町期15・16世紀、金春家伝来 |
↑ 「額から頬にかけ平行に、かつ太くなりながら3本の髪筋を描いているのが特徴」(東博解説)。
《羽衣》の天人、《船弁慶》の静香御前などに用いられるとのこと。
剥落しているからだろうか、あまり小面らしくないように見える。
眼鼻立ちがあいまいなのが昔は美人だったのだなあ。
0 件のコメント:
コメントを投稿