《カノン》、2016年 |
過日、銀座のギャラリー椿で開催されている桑原弘明展『Scope』に行ってきた。
手のひらに載るほどの小さな真鍮製の四角い箱――。
箱から突き出たレンズをのぞいて、箱に開けられた小さな窓から懐中電灯の光を入れると、そこにはミニチュアの異空間が広がっている。
緻密な手仕事によって生み出された部屋や庭、洞窟はどこかノスタルジックで、古いアート映画で観たことのあるような既視感を呼び起こす。
その謎めいた得体の知れない空間をのぞくとき、マルセル・デュシャンの《遺作》をのぞく時のような、観てはならないものを観る後ろめたさにも似た不思議な感覚に襲われる。
桑原さんは1つの作品の制作に1月半から3か月を費やすため、年間制作数は多くはない。
今回展示されていたのは全4点。わたしが訪れた時にはどれも売約済みになっていた。
今回、いちばん印象深かった作品は、
《失われた時の輝き》
古代ローマ皇帝ネロの黄金宮殿の遺跡か、パンテオンを思わせるドーム型教会の廃墟。
崩れた天頂部がオクルスのように開いていて、そこから青い空がのぞき、明るい陽光が射し込む。
しかし、洞窟(グロッタ)を思わせる教会の廃墟は薄闇に閉ざされ、手前には古びたキリストの磔刑像が倒れ転がり、背後のフレスコ壁画に描かれた大天使ミカエルの光輪の金色だけが辛うじて往時の耀きをとどめている。
時の流れや無常観を閉じ込めた、想像力をかき立てるスコープだった。
《カノン》
本個展のDMにも使われた作品。
エッシャーのだまし絵のような終わりのない螺旋階段。
戸口の上に椅子が逆さに置かれ、あべこべの世界をあらわしているのだろうか。
箱の上の窓から光をあてると、光源が右奥の部屋になり、箱の背後の鏡を照らすと、左上に灯りがともる。
螺旋階段が奏でる音楽的な空間。
《雨上がり》
非常に精巧で緻密な作品。
箱の上には窓が三つ開いていて、右手前の窓から光をあてると、
そこは高い位置に小さな窓があるだけの暗い室内。
祭壇のようなキャビネットが置かれ、厳かな雰囲気に包まれている。
左手前の窓から光をあてると、
広い窓の外に青空が広がる明るい室内が見える。
そして一番奥の窓に光をあてると、
開け放たれた窓の外から、晴れあがった空と深山の景色が見える。
樹齢千年もあるかと思うような古木の根元には水たまりがあり、
水面には、晴れた空と輝く雲が美しく映っている。
手前の室内には、剥がれかけたタイル敷きの床が広がり、
使い古された椅子が一つだけ置かれている。
それぞれの空間の湿気や匂い、外気の清々しさまでもが伝わってくる作品だった。
《サンクトゥス》
箱のなかの空間が四段階に変化する非常に凝った作品。
(1)玄関先の青い扉が見える。
あたりは青い夕闇に包まれ、扉も壁も薄雪をかぶっている。
(2)窓の向こうに明るい部屋が見える。
テーブルにはリンゴや食器が載り、マントルピースの上には大皿が飾られて、観葉植物が部屋を装飾している。
(3)光の場所を変えると、同じ部屋の窓の外のランプにオレンジ色の灯りがともる。
(4)寝静まった部屋。微かな灯りが二つだけついている。
「サンクトゥス(sanctus)」というタイトルなので、リンゴや皿、観葉植物(聖木?)などのオブジェにキリスト教的な寓意が込められているのかも。
(在廊されていた桑原氏にうかがえばよかった……。)
Tokyo Square Gardenのクリスマスツリー |
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