2016年12月16日金曜日

山本東次郎の《木六駄》

2016年12月15日(木) 15時~16時30分 武蔵野大学・雪頂講堂
狂言鑑賞会~《神鳴》からのつづき
 
狂言《木六駄》太郎冠者 山本東次郎
  主・山本凜太郎 茶屋・山本則重  伯父・山本則俊

附祝言《猿婿》山本泰太郎・凛太郎 山本修三郎




《木六駄》では東次郎さんの至芸が炸裂し、
則重さんの茶屋も、名人の相手役にふさわしい好演でした。
以前の《粟田口》の時もそうだったけれど、東次郎×則重はなかなかの名コンビ。
則重さんは型も謡もしっかりしていて、存在感のある注目の役者さんです。


山本東次郎家の《木六駄》には固有の演出や型、謡・小舞が多くあり、
他流・他派では十二頭の牛(木六駄+炭六駄)で運ぶところを六頭で運ぶとか、
他流では伯父が自宅で待っているところを茶屋までやってくる等々、
独自の《木六駄》ワールドをつくっています。


【猛吹雪のなかの峠道】
幕が上がり、
幕の奥から東次郎さんの「させい、ほおせい」という、牛を追う声。
雪を踏みわけ、吹雪の音にかき消されそうになりながら牛を追いたて、
はるばるやって来た感じがその声から滲み出る。


牛追い
ただでさえ困難な道のりなのに、
まだらの牛が道からそれてフラフラと崖のほうへ行ったり、
愚鈍な飴牛がのろのろと群れから遅れたり。


東次郎さんは牛を必死に追いながらも、
「胞腹よ」と牛に呼び掛ける声が何ともあたたかく、
飼牛への同朋意識のようなものを感じさせる。


歌「小原木(大原木)」
雪道の孤独を慰めるように、
太郎冠者は材木を載せた木六駄たちの姿から着想を得て、
頭に薪を載せて売り歩く大原女たちの歌「小原木」を謡う。

「木買わせ、木買わせ、小原木召せや黒木召せ、
小原・静原・芹生の里、朧の清水に影は八瀬の里人」

舌が凍えたような謡い方から、極寒の厳しさが伝わってくる。
『小原木』を謡うのも東次郎家だけとのこと。



吹雪に飛ばされ転倒する型
ひとしきり強い風が吹き、太郎冠者は吹雪に吹き飛ばされ、
雪の上をツルリッと滑る。

したたかな吹雪が参った!」

二度目はさらに強い吹雪で、遠くまで飛ばされ、やっとのことで起きあがる。


峠についたらお前たちも休息させよう、わたしも酒を一杯飲んで温まろう!
牛たちにそう呼び掛け、なんとかおのれを鼓舞しながら、
茶屋で酒を飲むことだけを心の支えに猛吹雪のなか峠を登っていく。



峠の茶屋に到着】
ようやく峠の頂上にたどりついた太郎冠者と木六駄。
茶屋の前でつながれた牛たちは疲労のあまりすぐに寝入ってしまう。

「ほう、はや寝てのけたな」
牛たちの寝姿を見た太郎冠者は、思わずにっこり。

ここでも、過酷な労働を強いられる仲間に対する慈しみの心が
伝わってきて味わい深い。




茶屋での酒宴】
茶屋では酒を切らしていると聞いてがっかりする太郎冠者。
今にも凍死しそうなくらいこごえている太郎冠者に、
「ここで凍えたら御用を果たせないゆえ、
進物の諸白を飲むのも御奉公のうち」という茶屋からの悪魔のささやき。


《鉢木》のパロディ
酒を飲む口実ができた太郎冠者は、
それならばと、
能《鉢木》で秘蔵の松を切る場面に見立てて、酒樽を開ける。

かくこそあらめ 我も身を 捨て人のための鉢木切る 
とてもよしや惜しからじと 雪ふっふっ打ち払ひてみれば」

酒樽にかぶった雪綿を、扇で「ふっふっ」と払いながら開けるところや、
《鉢木》の常世と同じく、断腸の思いで酒樽の封を切る表現など、
洒落が効いてて心にくい東次郎家ならではの演出。




狂言謡『盃』
茶屋は「聞こし召せや 聞こし召せ 寿命久しかるべし」と謡いながら
太郎冠者の盃になみなみと酒を注ぐ。

注がれるほどに、東次郎さんがもつ鬘桶のフタが
酒の重みに合わせて段階的に下がり、酒の量感を表現する。

それをさも美味しそうに飲み干す東次郎さん。

飲む前は、身体が縮こまってカチカチに凍っていたように見えたのが、
飲み干してからは手足の先まで血流が一気に行き渡り、
顔や手が艶と柔らかさを増し、頬に朱が差し、
体温の上昇が感じられる!



酔いが回った太郎冠者は、ふと茶屋の外に目をやり、
「ははあ、降るは降るは、雪は豊年の貢物じゃというが、
潔いものでおりゃる」と言う。

先ほどの吹雪の場面の極寒の気温と、温かい茶屋のなかの気温の違いが
舞台上の空気感の違いとなり、客席からもその違いが感じとれる。
雪見酒の温かさ、安心感。
自分に襲いかかっていた雪を、恵みと思える太郎冠者の心のゆとり。



さらに《鉢木》からの引用
「憂き寝ながらの草枕 夢より霜や結ぶらん」
二人は互いに酒を酌み交わし、
太郎冠者はしだいに酔いが深くなり、気が大きくなっていく。


酒宴もたけなわとなり、酒の肴がないため、代わりに肴謡の応酬がつづく。


小舞『あんの山(兎)』
酔って気分がよくなった太郎冠者は、おもむろに立ち上がり、舞い謡い出す。

「あんの山から こんの山まで 飛んできたるは何ぞろぞ
頭に二つ ふっふっとして 細うて長うて うしろへ
りんと跳ねたを ちゃっと推した うさぎじゃ」

東次郎さんは相変わらず軽快な身のこなし。
「飛んできたるは」で、ウサギのようにピョンピョン跳ね、
「ふっふっとして」片手をひとつずつ上げてウサギの耳をあらわす。
身体の軸がまったくブレない、磨き抜かれた芸の高さと強靭な下半身。



《桜川》の引用
浮かめ浮かめ水の花 げに面白き川瀬かな」と謡いながら、
茶屋がさらに太郎冠者の盃に酒をつぐ。

やんや、やんや、やんや!



太郎冠者に請われて茶屋が小舞『雪山』を披露
「運び重ね雪山を 千代にふれと作らん 雪山を千代と作らん」

則重さんの小舞と謡が酒宴を盛り上げる。



酒宴の御ひらき「ざざんざ」
「ざざんざ 浜松の音はざざんざ」

そんなこんなで気が大きくなった太郎冠者は、木六駄まで茶屋にあげてしまう。


【茶屋で休んでいた伯父との遭遇】
太郎冠者は伯父に対面し木六駄のことを尋ねられ、
「自分が木六駄だ」と見え透いた言い訳をする。

そして進物の諸白は
「最前、牛があまりに寒いによって、一つ飲モーと」、
と言いながら両手の人差し指を牛の角のように頭から突き出して、
伯父から「やるまいぞやるまいぞ」と追いかけられ、
「ゆるされい、ゆるされい」と言いながら退場。

なんとも、寒いオチなのでした。


可愛い南天の赤い実!



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