2018年8月29日水曜日

第49回 東西合同研究発表会《杜若》《熊坂》など

2018年8月28日(火)11時~16時30分 大槻能楽堂

舞囃子《高砂》 大江広祐
   杉信太朗 吉阪倫平 河村裕一郎 前川光範
   地謡 梅田嘉宏 河村和晃 河村和貴 河村浩太郎 河村春奈

舞囃子《邯鄲》 高林昌司
   山村友子 船戸昭弘 森山泰幸 中田一葉

能《杜若》 シテ 樹下千慧
   ワキ 喜多雅人
   貞光智宣 成田奏 河村凛太郎 澤田晃良
   後見 片山九郎右衛門 河村和貴
   地謡 橋本忠樹 大江信行 梅田嘉宏
      河村和晃 大江広祐 河村浩太郎

舞囃子《玄象》 浦田親良
   野口眞琴 岡本はる奈 柿原孝則 中田一葉
   地謡 林本大 笠田祐樹 山田薫 上野朝彦

狂言《附子》 茂山竜正 茂山虎真 井口竜也
   後見 茂山千五郎

連吟《春日龍神》 小林努 原陸 岡充

狂言小舞《岩飛び》 中川力哉
    《暁の明星》小西玲央
   地謡 善竹隆司 善竹隆平

仕舞《善界》 西野翠舟
   大槻裕一 笠田祐樹 寺澤拓海

舞囃子《安宅》 金春飛翔
   杉信太朗 成田奏 亀井洋佑
   地謡 村岡聖美 林美佐 柏崎真由子 中野由佳子 安達裕香

舞囃子《吉野静》 石黒空
   熊本俊太郎 岡本はる奈 河村裕一郎
   地謡 辰巳大二郎 辰巳孝弥 金井賢郎 辰巳和麿

舞囃子《百万》 向井弘記
   野口眞琴 船戸昭弘 亀井洋佑
   地謡 宇髙徳成 山田伊純 惣明貞助 辻剛史 湯川稜

能《熊坂》 シテ 寺澤拓海
   ワキ 有松遼一 アイ 上杉啓太
   高村裕 清水和音 山本寿弥 姥浦理紗
   後見 赤松禎友 西野翠舟
   地謡 寺澤幸祐 林本大 上野朝彦
      山田薫 大槻裕一 浦田親良



国立能楽堂で開催された時は関係者席が御簾席(SB・GB席)になっていたのか、とくに気がつかなかったけれど、ここ大槻能楽堂では、見所後方が能楽師さんの席になっていて、源次郎さん、広忠さん、大槻文蔵さん、満次郎さんら大御所がずらーっと後ろに座り、厳しい形相で舞台を観ていらっしゃる(この日、とても悲しい出来事があったことを後で知る)。

ともあれ、東西合同研究発表会は、関西で五流が一堂に会する貴重な機会。
この日も総じてレベルが高く、個人的には久々に拝見した東京の若手能楽師さんたちが目を見張るくらいに進化されていて、ちょっと感無量だった。



舞囃子《高砂》 大江広祐
 京都陣は、7月の京都養成会発表会の内容とほぼ同じなので、ビフォー・アフターの違いが楽しめる。シテの舞は緩急の付け方や細部のエッジがより練磨されていた。お囃子では吉阪倫平さんに無意識に注意が向く。「神童」の二文字が浮かんでくる。気迫のこめ方なんかも凄い。変声期が終わって、掛け声が落ち着いてきたときに、どんな小鼓になるのか楽しみだ。


舞囃子《邯鄲》 高林昌司
 こちらにいると、喜多流の謡が懐かしく感じる。高林昌司さんの謡、以前拝見した《東北》の時よりも格段によく、喜多流の謡らしい味があった。夢から覚めるときのようすもドラマティックに表現されていて、地謡・囃子ともに◎。


能《杜若》 シテ 樹下千慧
 今回、澤田晃良さんの太鼓と柿原孝則さんの大鼓がとくに楽しみだった。
観世元伯さんの芸系をもっともよく受け継ぐ澤田さん。掛け声は以前よりも高い声がきれいに出るようになっていたし、緻密でていねいな粒の打ち方も元伯さんの風を折り目正しく継承していらっしゃる。
いちばんうれしかったのが、最後に退場するときに、左右と一歩下がってから橋掛りに向かう、元伯さんのあの歩き方を踏襲されていること。
胸にジーンと来て、うれしいのと、悲しいのと、半分づつ。


《杜若》の稽古能(京都養成会発表会)のときは袴姿で、いわば素描の下絵を見せていただいたが、今回拝見するのが仕上がった作品。

面装束をつけると、舞囃子や仕舞の時よりもレベルダウンする若手が多いなか、シテの樹下さんは面や袖の扱いも巧みで、物着を終えて正を向いて立った時の、気の変え方が見事。
同じ若女の面なのに、物着前と後とでは雰囲気がぜんぜん違う。人間味とか生々しさがより希薄になって、面の表情を儚い翳りが彩っている。

物着アシライの囃子もよかった。成田奏さんの小鼓のチorタの音は繊細で美しく、河村凛太郎さんの抒情性のある間合いや貞光智宣さんの詩情あふれる笛とともに、物語性のある風情を感じさせた。

橋本忠樹さん率いる地謡も京都観世らしい謡。九郎右衛門さんの後見はいつもながら、的確で、無駄のない動き。物着の着付けの所作も、花を美しく生けていくときのよう。《杜若》の舞台は全体的にまとまりがあって、緊密な良い舞台だった。



舞囃子《玄象》 浦田親良
 柿原孝則さんはもうすでに舞台経験が豊富で、覇気をみなぎらせながらじつに堂々とお囃子をリードする。
大鼓を打つフォームが、以前のような前のめりの姿勢ではなく、御父上によく似た、腰を入れて背中を垂直にスッと伸ばす、見た目にも美しいフォームに変化しつつある。
(柿原弘和さんのフォームは大鼓方でいちばん美しいと思う。)

小鼓の岡本はる奈さんともよく息が合っていて、孝則さんの間合いを取る感覚には天性のものがある。

地謡が、大阪と京都ではだいぶ違うのも面白い。
関西はそこに住む人と同じで、地域ごとにカラーがはっきりしている。


(狂言から小舞は休憩時間にあてました。)


舞囃子《安宅》 金春飛翔
 大阪養成会発表会の感想でも書いたけれど、金春飛翔さんの舞は独特の雰囲気。女性だけで構成される地謡も節や声音が独特で《安宅》とは違う、別の曲のよう。
良い意味で、なにかこう、神懸り的で、おどろおどろしい雰囲気の謡と、直覚的なカマエの呪術的な舞になっていて、一度見たらやみつきになるような魅力がある。
東京の金春流でこういう魅力を感じたことがないから、金春飛翔さんの芸風の個性なのだろうか。金春流の本拠地・奈良の能楽堂で、観てみたい。

お囃子には、もはやベテランの亀井洋祐さんが参加されていて、演奏に貫録と余裕があり、音色がとてもきれい。


舞囃子《吉野静》 石黒空
膝を曲げて腰を落とした宝生流らしいカマエと舞。
地謡の金井賢郎さんの相変わらず胸をピンと張ったきれいな姿勢がなつかしい。

久しぶりに聴く熊本俊太郎さんの笛は、東京寺井家ならではの笛。
偏愛する寺井政数とは芸系が少し違うけれど、関西の森田流とはずいぶん異なる、蛇使いの笛ような魔的な揺らぎのある音色だ。



舞囃子《百萬》 向井弘記
向井さんはよほど体幹がしっかりしていて、足腰が相当強いのだと思う。無駄な力はすっかり抜けていて、一見軽やかに見えるのに、下半身が盤石で、驚くほどブレがない。超人的に整ったハコビが、身体能力・技術力の高さを物語る。



能《熊坂》 寺澤拓海
第七回青翔会の狂言小舞《鵜の舞》で初舞台を踏まれた上杉啓太さん。
あれから3年━━。
この日の間狂言を観て、なんかもう、感動的だった。初舞台の時とは、顔つきも存在感もぜんぜん違っていて、発声も、間の取り方も、抑揚の付け方も、師匠の野村萬師の風をよく受け継いでいらして、その成長ぶりにただただ脱帽。若い人が、こうして羽ばたいていく姿を見るのって、いいものですね。

以前、国立能楽堂の研修舞台で野村萬師から稽古を受けている様子がテレビで放送されていたけれど、萬師のご指導はそれはそれは厳しくて、怖くて……でも、その厳しい稽古に必死に噛りついて、そこからどんどん吸収されて、その努力の結晶をいま目の当たりにしている。そう思うと感無量だった。きっと、いい役者さんになると思う。


清水和音さんももう舞台経験を相当積まれていて、落ち着いた演奏。
山本寿弥さんは、打ち方がゴージャス。品格を感じさせる。

そして、初めて拝見するシテの寺澤拓海さん。
まだ二十歳前後くらいのとても若い方なのに、舞台馴れしているように落ち着いていて、しかもかなりうまい!
前シテで熊坂長範が僧形で登場するときは、得体のしれない不気味さがハコビと姿から漂う。後シテの長刀の扱いも巧みで、若さと抜群の身体能力を生かして、飛び返り・跳び安座など、これでもか、というくらいアクロバティックな技を披露して、見所を楽しませていた。
終演後は夏の暑さを吹き飛ばす爽快感。



追記:この日、笛方藤田流宗家の藤田六郎兵衛師が逝去された。
もしかすると、昨日の東西合同研究発表会の終わり近くには、もう楽屋に訃報が届いていて、見所で舞台を御覧になっていた能楽師さんたちがいつも以上に険しい表情だったのは、そのせいもあったのかもしれない。

全盛期の名手が立て続けに亡くなっていく現状については、もう、言葉にならない。
悲しいとか、残念とか、惜しいとか、そういう生易しい言葉では到底言い表せない。

終演後、人々が能楽堂をあとにするなか、ひとり最後部座席で、物思いに沈んだ険しい表情で誰もいない舞台を見つめていた源次郎さんの横顔が忘れられない。














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