2017年2月13日月曜日

《鶴》を観る~能と土岐善麿

2017年2月12日(日) 14時~16時40分  武蔵野大学雪頂講堂
対談・解説からのつづき
対談 土岐善麿と新作能
   塩津哲生×リチャード・エマート
解説 金子敬一郎

新作能《鶴》シテ女/鶴の精 佐々木多門
      ツレ都の男 塩津圭介
    藤田貴寛 森澤勇司 原岡一之 林雄一郎

    後見 塩津哲生 友枝真也
    地謡 長島茂 友枝雄人 内田成信 金子敬一郎
       粟谷充雄 大島輝久 佐藤寛泰 佐藤陽


ツレの登場→シテの登場
幕が上がり、ツレが登場。
休暇をとって紀伊国へふらっと旅に出た都の男という風流人らしく、
立涌文緑地の長絹に落ち着いたイエローの色大口という、風雅な出立。
細身長身のツレは役柄にふさわしい、都会的で垢抜けた印象です。


白い波が打ち寄せる美しい和歌の浦。
「沖つ島ありその玉藻潮干満ちて~」と、旅人が古歌を口ずさんでいると、
どこからともなく、木霊のように同じ歌を口ずさむ声が聞こえてくる。


山部赤人の歌を、姿を見せずに、幕のなかから謡い出すシテ。
この幕内からの謡には和歌の浦の潮騒と溶け合うような、
濁りのない、清明無垢な響きがあって、ここでグッと心を掴まれる。


ツレとシテとの同吟でも掛け合いでもなく、
ツレの謡をシテの謡が輪唱のように追いかけるという、斬新な演出。

シテの幕離れもよく、
松・竹・折鶴文のクリーム地縫箔に緋色の水衣という独特の出立が、
気品あるハコビとあいまって、どこか人間離れした神秘性を漂わせている。



シテ床几に掛かり和歌の創作秘話を語る】
その後、ツレは脇座で下居。

シテは常座にてしばらくやりとりしたのち、
赤人の歌「和歌の浦に潮満ちくれば」の歌が詠まれた当時の様子を
大小前で床几に掛かって語り始める。

(新作能《鶴》のツレは通常はワキがやるような役柄をツレが演じるようにしたのですね。
ワキ方を呼ばずとも流儀内でまかなえるように?)


和歌の浦で、帝から歌を詠むよう命じられた赤人が、
飛び立つ鶴の群れを見て、インスピレーションを得る場面。

「赤人おどろきたちどころに」で、シテは両腕を横に広げてから、
ハッとひらめいたように胸前で手をパンッと打ち合わせ、
「これなりけりとよろこびの、筆とりあえず」で、扇を広げ、
「和歌の浦に潮満ちくれば~」で、右手に持った広げた扇の端に左手を添え、
短冊に書かれた和歌を詠む所作をする。

この一連の型は比較的写実的だけれども、
シテの手の表情がこまやかで美しく、品格を失わない。


佐々木多門さんの舞台姿を見ると、たぶんこの方は
日常においても立ち居振る舞いが美しいのだろう、
美しくあろうと常に心がけていらっしゃるのだろう、と思う。
だから、地謡にいても、後見にいても、作り物を運ぶ時でも、
いつも姿や所作が美しく、つい見惚れてしまう。


【物着】
物着アシライが入る。
ホールで音響がいまいちなので、囃子方は苦労されたのではないだろうか。
原岡さんの佇まいと打音・掛け声がさらに精悍になっていた。
林雄一郎さんには、(わたし自身の気持ちを反映してか)どこか疲労感のようなものが感じられ、最近は林さんを見ると、「お師匠様はいったいどうされて……?」と聞きたくなる。
安否がわからないというのは辛い……。

と、こんなことを考えているうちに、後見の友枝真也さんがテキパキと着付けを済ませ、シテは奇抜な緋水衣を脱いで、金紋白地の舞衣をまとい、丹頂に見立てた緋色の布をつけた天冠を被って再び本舞台に入る。

舞衣は、通常ならば折った袖口を手に持ちながら舞うところを、袖口を折らずに、長い袖幅を生かして鶴の翼に見立てる工夫。

曲の随所に作者の創造性が生きている。


鶴ノ舞】
初演時の囃子方、藤田大五郎、幸円次郎、安福春雄、金春惣右衛門の協力による創作。

盤渉で奏され、猩々乱の「オヒーリーツラロー」と似た譜が織り込まれているが、
メインの部分は「鶴ノ舞」独特の、他曲にはない旋律が繰り返される。
太鼓も三拍子の手が続く。

メインの「ヒュルリホーオー」(耳で聞いて唱歌に落としこむことはできないので唱歌ではありません)という旋律が繰り返され、
その囃子に合わせて、シテは左を向いて、鳥が羽ばたくように両腕を斜め上にヒュッと上げ、前に下げ、左右の足を片足ずつ上げる。
また右を向いて、同様の所作をする。


装束着付けで工夫した長い舞衣の袖の効果もあって、
ほんとうに丹頂鶴が水辺で優雅に翼を広げて滑走し、飛び立っていくように見える。


新作能はそれほど見たことがないけれど、舞の型までここまで独創的なものは初めて観た。
これを能の型として美しく舞うことや、長い袖幅を使いこなしすことは難しいのではないだろうか。
ましてやここは仮説の舞台――。


シテは橋掛りへ行き、
三の松で左袖を巻き上げて時計回りに、右袖を巻き上げて反時計回りにまわり
二の松で両袖を巻き上げたまま反時計回りに回って、そのまま腕を上げ片足を上げる。


この、鳥が飛翔するように両腕を上げたまま片足を上げるという所作も特徴的。

そういえば、北斗の拳に登場した南斗水鳥拳にこういう華麗な型があった気がする。



【終曲】
シテは本舞台に戻り、囃子も地直リになり、呂中干系の譜が演奏される。

舞台中央に出たシテは太鼓のカシラ「イヤー」の掛け声で、両腕を上げて片足を上げる。

最後の地謡「翼をはりつつ」で、シテは風をはらむように両袖を広げ、
「風に乗って」で、正先にて右袖巻き上げ、袖を返して
「あとよりあとより」で、両袖を翼のように羽ばたかせながら橋掛りへ進み、
「雲立ち騒ぐ」で、二の松で左袖、右袖と巻き上げ、
「遠くはるかに消えゆくや、浦波をあとに」で、
大空を舞い飛ぶ鶴のように、巻き上げた両袖を広げたまま幕入り。


ツレが常座で、空高く飛び去ってゆく鶴を見送る。
留拍子はなく、余韻を残したまま終曲。


型に徹するシテのひたむきさが結晶して鶴の飛翔となった舞台だった。









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