国宝・深鉢形土器・火焔型土器(新潟県笹山遺跡)、縄文中期5千年前 |
日曜美術館のアートシーンでも紹介された「火焔型土器のデザインと機能」展。
ツクシ舞を観たついでに立ち寄ったのですが、予想以上に充実した内容でした。
アンケートに記入すると豪華な図録の進呈まであって、國學院大、太っ腹!
(展示の多くは撮影可能だったので特に気に入ったものを掲載しています。)
新潟県指定有形文化財・深鉢形土器・火焔型土器(沖ノ原遺跡)、縄文中期 |
それにしても、縄文の人たちの造形力と技術力には圧倒される!
凄まじいパワーとエネルギーが5000年を隔てた今でも伝わってくる!
それらが燃え盛る炎のように見えたことから火焔型土器と名付けられたが、
本当のところ、その装飾が何を意味するのかは定かではない。
火焔ではなく動物に見えるという人もいるし、魚に見えるという人もいる。
岡本太郎は火焔型土器を見て、深海をイメージしたという。
土器の内側にオコゲが残っていることや
オコゲの炭素窒素安定同位体比測定および脂質分析により、
遺跡ごとに異なる食品が火焔型土器で煮炊されていたことが判明した。
食物の調理器具でもあった火焔型土器は、
その過剰な装飾のせいで不安定で倒れやすく、
使い勝手が良いとはいえない。
また、火焔型土器には通常の縄文土器のように縄目模様(縄文)がなく、
成形した容器に紐状の粘土を張り付けて、渦巻文やS字文を施したという。
彼らはなぜ、
そこまで手間ひまをかけて、実用に不向きな装飾をあえてつけたのだろうか?
わたしが火焔型土器を目にして感じたのは、
縄文人が調理される食料や獲物の生命にたいして抱いた、
真摯で敬虔な気持ちと、崇高な感覚だった。
生き物を調理して食べるという行為は、
その生命力を自分のなかに摂り込むことであり、
彼らにとって「食べる」という行為は、
聖なる宗教儀式でもあったのではないだろうか。
つまり、彼らにとって調理や摂食は宗教行為であり、
その調理器具である土器は祭具でもあったために、
あのように見事な装飾が施されたのではないだろうか。
植物であれ、動物であれ、
調理される生きものの魂にたいする畏敬と尊重の念が
火焔型土器から強く感じとれるのだ。
土器の美しい姿から、なにか大切なものを教えられた気がした。
シカさんとイノシシの可愛い埴輪 |
ここは常設展も素晴らしく、とくに神道関係の展示は興味深いものばかりだった。
きれいな勾玉などの装身具 |
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