会期2015年12月22日~3月6日 Bunkamuraザ・ミュージアム
今回は、偏愛するウィリアム・ウォーターハウスの作品が3点展示されていて
満足度の高い展覧会だった。
以下は印象に残った作品の自分のためのメモ。
Ⅰ ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
このコーナーでは、1848年に結成されたラファエル前派兄弟団の創設メンバー、ミレイやロセッティの絵とともに、彼らの影響を受けた同時代の画家たちの作品が展示されていた。
《春(林檎の花咲く頃)》 1859年、ジョン・エヴァレット・ミレイ
咲き誇る林檎の花々を背景に、芝生の上でくつろぐ乙女たち。
上質なドレスのビロードやシフォン、レースの質感表現の見事さ。
肉体的若さと物質的豊かさを享受する彼女たちの隣には、
儚い存在を象徴する大鎌が突き刺さっている。
「死と乙女」のミレイ的解釈。
《ブラック・ブランズウィッカーズの兵士》 1860年、ジョン・エヴァレット・ミレイ
ブラック・ブランズウィッカーズは、ナポレオン戦争で、
英国・オランダ連合軍とともに戦ったプロイセンの部隊。
出征前夜の恋人との別れの場面を描いたこの絵では、
軍服に身を包んだ男性の胸に寄り添う慎ましやかな女性の様子が、
どこか日本女性の奥ゆかしさを思わせる。
ヴィクトリア期の英国女性にはどこか耐え忍ぶようなしっとりとした風情があり、
そこが、ラファエル前派が日本人の心の琴線に触れる理由のひとつかもしれない。
《シビラ・パルミフェラ》 1865-70年 ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
タイトル通り、ヤシの葉を持つ巫女を描いた作品には、
ロセッティ好みの象徴性や寓意に溢れている。
ヤシの葉は美の勝利を意味し、
巫女の右側には盲目の愛を表す目隠しをしたクピドと、愛の花・薔薇が描かれる。
だが、彼女の左側には死すべき運命を示す髑髏と芥子の花。
立ち上るお香の上には、霊魂と同様に「プシュケ」と呼ばれた蝶が舞っている。
《パンドラ》 1878年 カラーチョーク、紙、ロセッティ
ウィリアム・モリスの妻でロセッティの愛人だったフェーン・モリスがモデル。
典型的なファムファタルを描いた作品。
《祈りの後のマデライン》 1868年出品 ダニエル・マクリース
キーツの詩「聖アグネス祭前夜」に取材した作品。
ステンドグラスを通して差し込む月明かりに照らされた寝室。
脱衣中の若い女性は、彼女の敬虔な心とは裏腹に
美しく、なまめかしい肌を今まさにさらそうとしている。
(クローゼットには恋人が隠れている。)
陰翳に富む精緻なレースや真珠の表現。
暗がりから打ちあがるアーチ建築。
画家の卓越した技量と美意識がうかがえる。
Anon his heart revives: her vespers done,
Of all its wreathed pearls her hair she
frees;
Unclasps her warmed jewels one by one;
Loosens her fragrant boddice; by degrees
Her rich attire creeps rustling to her
knees:
Half-hidden, like a mermaid in sea-weed,
Pensive awhile she dreams awake, and sees,
In fancy, fair St. Agnes in her bed,
But dares not look behind, or all the charm
is fled.
"The Eve of St.Agnes" by John Keats
Ⅱ 古代世界を描いた画家たち
神話や古典的主題を取り入れた歴史画や、舞台を古代世界に設定した風景画などを展示。
《打ち明け話》 1869年 ローレンス・アルマ=タデマ
《バッカス神の巫女(「彼がいるわ!」)》1875年 アルマ=タデマ
《テピダリウム(微温浴室(テピダリウム)にて)》1881年 アルマ=タデマ
《お気に入りの詩人》1888年、アルマ=タデマ
アルマ=タデマの作品には頽廃的エロティシズムと倦怠感が漂う。
同性愛的な妖しさを感じさせる二人の美女を描いた《打ち明け話》と《お気に入りの詩人》。
(描かれた室内装飾はポンペイの遺跡にもとづくという。)
多神教的狂乱が潜む《バッカス神の巫女》。
《テピダリウム》にはエキゾチックな官能性が充満してむせかえるよう。
《ドルチェ・ファール・ニエンテ(甘美なる無為)》1822年に初出品
《シャクヤクの花》1887年に初出品
チャールズ・エドワード・ペルジーニ
ワイルドの『ドリアングレイの肖像』の序文”All art is quite useless."(芸術はすべて無用である)”を体現したような唯美主義的作品。
《シャクヤクの花》に描かれた女性は、あらゆる労働に不向きなほっそりした指と長い首を持つ。
彼女の存在意義はただ、ひたすら美しくあることだけ。
襟元に白いレースをあしらった渋い薄緑のドレスにピンクのシャクナゲの花が
砂糖菓子のように甘美に映える。
ラファエル前派の美意識を象徴するような夢想の世界。
Ⅲ 戸外の情景
ラファエル前派に思想的根拠を提供したジョン・ラスキンは、神の摂理である自然の諸事象をつぶさに観察することにより、画家は神の神秘を享受し、表現しなければならないと説いた。
ここではラファエル前派の一部の画家に見られる自然の細密描写の好例が紹介されていた。
《卵のあるツグミの巣とプリムラの籠》1850-60年頃 ウィリアム・ヘンリー・ハント
水彩、グワッシュ、紙
「神は細部に宿る」という言葉を具現化したような目眩がするほどの緻密な表現。
少し乾燥した土肌や巣の小枝のパキパキした質感、籠のかさついたテクスチャー。
写実的でありながら写真とは異なる感動を観る者に与える。
《流れ星》1909年、 ジェイムズ・ハミルトン・ヘイ
澄んだ冬空に流れる星と、屋根に雪が降り積もる民家。
東山魁夷が雪の京の町を描いた《年暮る》を思わせる
近代日本画のような静謐な一枚。
Ⅳ 19世紀後半の象徴主義者たち
《エコーとナルキッソス》 1903年 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
水面に映る自分の姿に吸い寄せられるナルキッソスと、
彼を悲しげに見つめるエコーを描いた作品。
水鏡の神秘はウィリアム・ウォーターハウスが得意とした主題。
ここでも、湖面に映るナルキッソスの影は本人よりもいっそう
妖しく、美しい魔物めいた存在として描かれている。
彼を見守るエコーは報われない恋に胸を傷める悲痛な姿。
この画家の作品によく見られる少女のように肩幅が狭く、華奢で可憐な女性で、
骨格が細く、柳腰の体型、憂愁の漂う横顔は日本人好みでもある。
エコーの傍らにはナルキッソスの化身である水仙が咲き、
ナルキッソスが陶然と見つめる水面には、
死と再生の象徴である睡蓮が浮かんでいる。
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