2019年8月27日(火)京都観世会館
舞囃子《高砂五段》惣明貞助
貞光智宣 岡本はる奈 柿原孝則 中田一葉
豊嶋晃嗣 山田伊純 向井弘記 湯川稜
舞囃子《芦刈》石黒空
山村友子 清水和音 森山泰幸
辰巳孝弥 高橋憲正 佐野弘宜 上野能寛
能《花月》西野翠舟
ワキ矢野昌平 アイ小西玲央
杉信太朗 成田奏 河村裕一郎
寺澤幸祐 笠田祐樹 山田薫
浦田親良 寺澤拓海 梅若秀成
舞囃子《邯鄲》樹下千慧
平野史夏 岡本はる奈 亀井洋佑 姥浦理紗
橋本忠樹 梅田嘉宏 河村和晃
河村浩太郎 谷弘之助
舞囃子《野守》高林昌司
山村友子 清水和音 亀井洋佑 中田一葉
塩津圭介 佐藤寛泰 佐藤陽 谷友矩
舞囃子《経正》谷弘之助
貞光智宣 吉阪倫平 河村凛太郎
大江信行 河村和貴 大江広祐
河村浩太郎 樹下千慧
狂言《口真似》茂山虎真→井口竜也
茂山竜正→茂山千五郎 柴田鉄平
舞囃子《百万》金春飛翔
高村裕 成田奏 河村凛太郎
本田布由樹 本田芳樹 政木哲司 金春嘉織
舞囃子《雲雀山》大槻裕一
槌矢眞子 寺澤祐佳里 森山泰幸
笠田祐樹 山田薫 浦田親良 寺澤拓海
能《車僧》宇髙徳成
ワキ岡充 アイ上杉啓太→小笠原匡
高村裕 唐錦崇玄→曽和鼓堂 山本寿弥 澤田晃良
後見 豊嶋幸洋 山田伊純
金剛龍謹 豊嶋晃嗣 宇髙竜成
向井弘記 惣明貞助 湯川稜
東京の第48回、大阪の第49回、そして京都の第50回と、この2年間3回連続で拝見してきた東西合同研究発表会。
こうして見てみると囃子方・ワキ方は「東西合同」だけれども、能・狂言のシテは3回とも関西勢なんですね(関西では10~30代の若手能楽師さんが充実しているから?)。
東京の若手囃子方さんが懐かしくて、ちょっとウルッと来てしまった。
いつもながら見所後方には、大御所能楽師さんたちがずらりと勢ぞろい。錚々たるメンバーの厳しい目に見守られて、若手の方々はめちゃくちゃ緊張しただろうなあ~。
舞囃子《高砂五段》惣明貞助
柿原孝則さんはさらにパワーアップして、お囃子をぐいぐいリードされていた。岡本はる奈さんは以前にも増して、小気味よい音色。
貞光智宣さんをはじめ関西の笛方さんは総じてレベルが高い。
シテの惣明貞助さんは、じめじめしたお天気を吹き飛ばすような颯爽とした舞いっぷり。
能《花月》西野翠舟
西野さんは、6月の大阪能楽養成会で舞囃子《松虫》を拝見した時から注目していて、今回の能も期待通り。前にも書いたけれど、一般公募生でこれだけきっちりした良い舞台を上演されるとは! 姿勢と型が、どの角度から見てもきれいに決まっている。
欲を言えば、アイとのやり取り「げに恋は曲者」の場面で、もう少し色っぽさが出ればもっとよかったけれど……でも、見応えのある《花月》でした。
ワキの矢野昌平さん、青翔会のときから拝見してきたけれど、謡に磨きがかかり、姿にも風格が出てきた。
成田奏さんの小鼓は気合充実。繊細な気遣いも感じられ、何よりも安定感がある。シテや他のパートの囃子方から信頼を寄せられる囃子方さんになりはると思う。
地謡は、同じ観世流でも大阪の地謡は京都とはちょっと違う。骨太で、ずっしりした響き。良い地謡。
(この日の地謡は流儀や地域によって特色があり、それぞれの持ち味が出ていて、耳福だった。)
舞囃子《邯鄲》樹下千慧
もはや中堅の亀井洋佑さん、いまも研究発表会にご出演されていることがちょっと不思議だけれど、貫禄が別格。
姥浦理紗さんは、コツコツと着実に前に進んでいらっしゃる。国立能楽堂の図書室でよくお見かけした。努力家で勉強熱心な方。
シテの樹下さんには独特の「花」がある。京都らしい芸風。
舞囃子《野守》高林昌司
京都の高林昌司さんは東京の喜多流若手とはちょっと違う。
関西の能楽師さんはそれぞれに個性がある。中央から離れているおかげで、のびのびと個性を伸ばせるからかしら。
受け継ぐべきものを受け継いだうえで「個性」をもつことは、役者さんにとって大事なことだと思う。どんなにうまくても、没個性的な芸は代替がきく。
この人の舞台が観たい、この人のあの曲が観たいと思わせる魅力。そういうものを関西の若手能楽師さんたちは潜在的にもっている。
舞囃子《経正》谷弘之助
以前から気になっていた谷弘之助さんの舞囃子。
身体の線が細く、身軽でキレがあり、緩急のつけ方にセンスがある。
吉阪倫平さんと河村凛太郎さんの組み合わせは息がぴったり。
狂言《口真似》茂山虎真→井口竜也
シテの代演された井口竜也さんがよかった。
それにしても今回の東西合同は休演が多くて、少し心配。高齢ならまだしも、休演した方々はまだ20~30代。上杉啓太さんの間狂言は、楽しみにしていたからほんとうに残念。
舞囃子《百万》金春飛翔
個性的といえば、金春飛翔さんがダントツに個性的。この方が謡い舞いはじめると、舞台の空気が一変する。中世の大和にタイムスリップしたような、山深い神域で行われる神聖な儀式に立ち会っているような、そんな気分になる。
地謡の大半は東京金春流のメンバー。この日の地謡は良かった。
高村裕さんの笛、一噌流の笛を聴くのは久しぶりすぎて新鮮。
舞囃子《雲雀山》大槻裕一
大槻裕一さん、文蔵師の芸風にますます似てきた。端正で、うますぎる。ほとんど老成したような舞姿。
能《車僧》宇髙徳成
はじめて観る《車僧》。脇座に破れ車の作り物が出される。
恰幅のいい宇髙徳成さんは、前シテの山伏姿がサマになる。
車僧という難しい役を岡充さんが好演。
ちょっかいを出すアイを一蹴し、太郎坊との法力比べも大迫力! 「払子を上げて虚空を打てば」の謡は、マジカルな念のこもった力強い謡。太郎坊が降参するのも無理はないと思わせるほど、説得力のある高僧ぶりだった。
そして、注目の澤田晃良さん。
やっぱり、この方の太鼓の音色がいちばん観世元伯さんの太鼓の音に近い。
本来なら元伯さんも、この見所のどこかでご覧になっていただろうに……そう思うと、胸が熱くなって涙があふれそうになる。
澤田さんだって、まだまだ師匠の後ろに座って、もっともっと多くのことを貪欲に吸収したかっただろうに。
端然と座り続ける姿や、舞台への気の入れ方、粒のひとつひとつを「一球入魂」の精神で打つところなど、お師匠様を彷彿とさせた。
私が澤田さんの太鼓を聴くことはもう当分ないだろうけれど、これからのご活躍を心よりお祈りいたします。
"It could be said that the image of Yugen―― a subtle and profound beauty――is like a swan holding a flower in its bill." Zeami (Kanze Motokiyo)
2019年8月30日金曜日
2019年8月28日水曜日
片山九郎右衛門の《定家》~京都観世会8月例会
2019年8月25日(日)京都観世会館
能《定家》梅若実→片山九郎右衛門
(梅若実右股関節症のため代演)
福王茂十郎 是川正彦 喜多雅人
千本辺りの者 小笠原匡
杉市和 大倉源次郎 河村大
後見 井上裕久 林宗一郎
地謡 梅若実 河村和重 浦田保親
浦部幸裕 橋本光史 松野浩行
大江泰正 河村和晃
この10日間ほど、片山九郎右衛門さんはほとんど連日のようにシテを勤めていらっしゃる。そうした過密スケジュールのなかで、突然、舞うことになった大曲《定家》。それでこれだけの高いレベル━━熟練の役者が周到に準備を重ねて仕上げるくらいのレベル━━の舞台を上演されるとは! やっぱり凄い方です。
見えないところで、いったいどれほどの努力をされているのだろう……。
【前場】
前シテの出立は、秋の草花をあしらった青白の段替唐織。涼しげな配色だが、まばゆい白地に金糸が織り込まれ、上品で趣味が良い。
装束に照明が反射して、後光のような輝きがシテの体を包んでいる。だが、その光には温かみはなく、どこか人を寄せつけない、バリアのようなものを感じさせる。
近寄りがたい、気高さ。
梅若実地頭の初同「今降るも、宿は昔の時雨にて」で、冷たい雨の降る廃園にいにしえの面影が宿り、そこに佇むシテの姿が、氷のように鋭く冷たい気品をたたえている。近づくと怪我をするような鋭利な気品。
これほど冷たく、近づきがたい九郎右衛門さんのシテを観るのは初めてだった。
「妄執を助け給へや」のところでも、僧に向かって合掌することはなく、ただ相手をじっと見つめている。
誰にも弱さを見せず、誰にもすがらない。
それが高貴で気高い式子内親王の生き方だったのだろうか。
〈中入〉
作り物に入るところでは、
「かげろふの石に残す形だに」で、シテは正中から後ろに下がって、石塔に背をつけたかと思うと、そのまま塗り込められたようにピタッと張り付き、石の彫像と化す。
石塔と一体化して、みずからも石像になったかと思うほど、シテはしばらく不動のまま。
やがて、「苦しみを助け給へ」でいったん石塔から離れてワキへ向き、そのままくるりと向きを変えて、作り物へ中入。
【後場】
習ノ一声は、深い洞窟の底から響いてくるような大小鼓の音色。
河村大さんの大鼓の響き、なんて深みのある音なんだろう! 遠い過去の記憶を呼び覚ますような魔力のある音色。
そこへ源次郎さんの小鼓と杉市和さんの笛も重なり、囃子の音の世界が、遠い恋の記憶を連れてくる。
「夢かとよ、闇のうつつの宇津の山」
塚の中から響いてくるシテの声は、悲しみでもない、苦しみでもない、名状しがたい感情の奥底から湧きあがる、うめくような、あえぐような、せつない声。
「朝の雲」「夕べの雨と」
中国の故事「朝雲暮雨」を引いて男女の交情をほのめかす場面では、シテは声を昂らせ、内奥に沸々と燃えたぎる熱情をほのめかす。
引廻しが下ろされて現れたシテは、灰紫の長絹に水浅葱大口という出立。
面は灰色がかった長絹の顔映りのせいで、一瞬「痩女」かと思ったほど。前と同じ増の面だが、蔦葛の翳になり、塚のなかの後シテの顔は色褪せたようにやつれて見える。
〈序ノ舞〉
序ノ舞は崇高な気品に貫かれた、冷たく、美しい、愛する者を撥ねつけるような拒絶の舞。
時おり見せる「身を沈める型」が斎院時代の巫女性を垣間見せる。
舞の後半では、キリで喩えられる蔦葛で縛られた葛城の女神のような神秘性すら漂っていた。
だが、冷たい序ノ舞から一転、舞い終えたシテの謡「おもなの舞のありさまやな」は、炎のような熱い情念で燃えていた。
抑えに抑えていた情熱が、ここで一気にほとばしったかのような熱い謡。紅潮した生身の女の情感があふれ出す。
冷たい拒絶と、熱い思い。
求めれば拒まれ、離れれば燃え上がる。
両極端の思いが自分のなかで内部分裂を起こし、そのはざまで揺れ動き、懊悩する。そんな内親王をイメージさせた。だからこそ、定家は彼女に妄執を抱き、死後も離れられずに、這い纏うしかなかったのだろうか。
〈終曲〉
最後に、シテは八の字を描くように作り物を出入りしたのち、塚のなかで独楽のようにくるくるまわって葛に這い纏われるさまを表し、愛する定家の抱擁を受け入れるように静かに下居して、枕の扇。
【付記】
時雨亭の場所は《定家》では「千本辺り」(今出川通千本付近)となっていますが、実際に時雨亭があったとされるのは嵯峨野のようです(時雨亭跡は嵯峨野の常寂光寺、二尊院、厭離庵など諸説あります)。
《定家》の作者とされる金春禅竹がなぜ、時雨亭を「千本辺り」に設定したのかは定かではありませんが、当時は時雨亭が千本辺りに存在したと思われていたのかもしれません。あるいは、禅竹自身が舞台を「都の内」に設定し、曲全体に「都の香り」をそこはかとなく漂わせたかったのかもしれません。
画像は昨年11月に嵯峨野を訪れた時のものですが、近くには祇王寺もあり、晩秋の嵯峨野には、能《定家》の舞台にふさわしい物寂しく枯れた風情が漂っていました。
定家の時雨亭跡とされる嵯峨野・二尊院 |
能《定家》梅若実→片山九郎右衛門
(梅若実右股関節症のため代演)
福王茂十郎 是川正彦 喜多雅人
千本辺りの者 小笠原匡
杉市和 大倉源次郎 河村大
後見 井上裕久 林宗一郎
地謡 梅若実 河村和重 浦田保親
浦部幸裕 橋本光史 松野浩行
大江泰正 河村和晃
この10日間ほど、片山九郎右衛門さんはほとんど連日のようにシテを勤めていらっしゃる。そうした過密スケジュールのなかで、突然、舞うことになった大曲《定家》。それでこれだけの高いレベル━━熟練の役者が周到に準備を重ねて仕上げるくらいのレベル━━の舞台を上演されるとは! やっぱり凄い方です。
見えないところで、いったいどれほどの努力をされているのだろう……。
【前場】
前シテの出立は、秋の草花をあしらった青白の段替唐織。涼しげな配色だが、まばゆい白地に金糸が織り込まれ、上品で趣味が良い。
装束に照明が反射して、後光のような輝きがシテの体を包んでいる。だが、その光には温かみはなく、どこか人を寄せつけない、バリアのようなものを感じさせる。
近寄りがたい、気高さ。
梅若実地頭の初同「今降るも、宿は昔の時雨にて」で、冷たい雨の降る廃園にいにしえの面影が宿り、そこに佇むシテの姿が、氷のように鋭く冷たい気品をたたえている。近づくと怪我をするような鋭利な気品。
これほど冷たく、近づきがたい九郎右衛門さんのシテを観るのは初めてだった。
「妄執を助け給へや」のところでも、僧に向かって合掌することはなく、ただ相手をじっと見つめている。
誰にも弱さを見せず、誰にもすがらない。
それが高貴で気高い式子内親王の生き方だったのだろうか。
〈中入〉
作り物に入るところでは、
「かげろふの石に残す形だに」で、シテは正中から後ろに下がって、石塔に背をつけたかと思うと、そのまま塗り込められたようにピタッと張り付き、石の彫像と化す。
石塔と一体化して、みずからも石像になったかと思うほど、シテはしばらく不動のまま。
やがて、「苦しみを助け給へ」でいったん石塔から離れてワキへ向き、そのままくるりと向きを変えて、作り物へ中入。
【後場】
習ノ一声は、深い洞窟の底から響いてくるような大小鼓の音色。
河村大さんの大鼓の響き、なんて深みのある音なんだろう! 遠い過去の記憶を呼び覚ますような魔力のある音色。
そこへ源次郎さんの小鼓と杉市和さんの笛も重なり、囃子の音の世界が、遠い恋の記憶を連れてくる。
「夢かとよ、闇のうつつの宇津の山」
塚の中から響いてくるシテの声は、悲しみでもない、苦しみでもない、名状しがたい感情の奥底から湧きあがる、うめくような、あえぐような、せつない声。
「朝の雲」「夕べの雨と」
中国の故事「朝雲暮雨」を引いて男女の交情をほのめかす場面では、シテは声を昂らせ、内奥に沸々と燃えたぎる熱情をほのめかす。
引廻しが下ろされて現れたシテは、灰紫の長絹に水浅葱大口という出立。
面は灰色がかった長絹の顔映りのせいで、一瞬「痩女」かと思ったほど。前と同じ増の面だが、蔦葛の翳になり、塚のなかの後シテの顔は色褪せたようにやつれて見える。
〈序ノ舞〉
序ノ舞は崇高な気品に貫かれた、冷たく、美しい、愛する者を撥ねつけるような拒絶の舞。
時おり見せる「身を沈める型」が斎院時代の巫女性を垣間見せる。
舞の後半では、キリで喩えられる蔦葛で縛られた葛城の女神のような神秘性すら漂っていた。
だが、冷たい序ノ舞から一転、舞い終えたシテの謡「おもなの舞のありさまやな」は、炎のような熱い情念で燃えていた。
抑えに抑えていた情熱が、ここで一気にほとばしったかのような熱い謡。紅潮した生身の女の情感があふれ出す。
冷たい拒絶と、熱い思い。
求めれば拒まれ、離れれば燃え上がる。
両極端の思いが自分のなかで内部分裂を起こし、そのはざまで揺れ動き、懊悩する。そんな内親王をイメージさせた。だからこそ、定家は彼女に妄執を抱き、死後も離れられずに、這い纏うしかなかったのだろうか。
〈終曲〉
最後に、シテは八の字を描くように作り物を出入りしたのち、塚のなかで独楽のようにくるくるまわって葛に這い纏われるさまを表し、愛する定家の抱擁を受け入れるように静かに下居して、枕の扇。
こちらも時雨亭跡とされる嵯峨野・常寂光寺 |
【付記】
時雨亭の場所は《定家》では「千本辺り」(今出川通千本付近)となっていますが、実際に時雨亭があったとされるのは嵯峨野のようです(時雨亭跡は嵯峨野の常寂光寺、二尊院、厭離庵など諸説あります)。
《定家》の作者とされる金春禅竹がなぜ、時雨亭を「千本辺り」に設定したのかは定かではありませんが、当時は時雨亭が千本辺りに存在したと思われていたのかもしれません。あるいは、禅竹自身が舞台を「都の内」に設定し、曲全体に「都の香り」をそこはかとなく漂わせたかったのかもしれません。
画像は昨年11月に嵯峨野を訪れた時のものですが、近くには祇王寺もあり、晩秋の嵯峨野には、能《定家》の舞台にふさわしい物寂しく枯れた風情が漂っていました。
2019年8月25日日曜日
《兼平》~京都観世会八月例会
2019年8月25日(日)京都観世会館
能《兼平》片山伸吾
旅僧 福王和登
粟津浦船頭 小笠原弘晃
杉信太朗 成田達志 谷口正壽
後見 杉浦豊彦 河村晴道
地謡 味方玄 吉浪壽晃 分林道治
味方團 田茂井廣道 橋本忠樹
宮本茂樹 河村和貴
狂言《蝸牛》山伏 小笠原匡
太郎冠者 小笠原弘晃 主人 山本豪一
能《定家》梅若実→片山九郎右衛門
(梅若実が股関節症のため代演)
福王茂十郎 是川正彦 喜多雅人
千本辺りの者 小笠原匡
杉市和 大倉源次郎 河村大
後見 井上裕久 林宗一郎
地謡 梅若実 河村和重
浦田保親 浦部幸裕 橋本光史
松野浩行 大江泰正 河村和晃
仕舞《放下増小歌》松井美樹
《江口キリ》 吉浪壽晃
《籠太鼓》 味方玄
《融》 田茂井廣道
能《善界》大江広祐 河村浩太郎
岡充 岡陸 有松遼一
能力 泉槇也
竹市学 林大輝 石井保彦 井上敬介
後見 牧野和夫 大江信行
地謡 大江又三郎 浦田保浩 古橋正邦
越智隆之 浅井通昭 吉田篤史
梅田嘉宏 樹下千慧
思いがけず、念願だった片山九郎右衛門さんの《定家》を観ることに。
急遽、東京から駆けつけた方々もちらほら。京都の見所でも、シテが代役になることを当日会場で初めて知った人が多かったようだ。九郎右衛門さんのお社中の方さえ知らなかったくらいだから、ほんとうに突然決まったのかしら?
(観世会館からは2日前にツイッターとHPに発表があった。)
《定家》の感想は別記事に書くとして、まずは《兼平》から。
【お囃子最高!】
一にも二にも、成田達志さんと谷口正壽さんの大小鼓が、悶絶レベルでカッコよかった!
木曾義仲と今井兼平との乳兄弟の固い契りって、こんな感じではなかっただろうか?
まさに、たった二騎になった義仲と兼平が最期に猛戦する凄まじい雄姿を見るかのよう。
敵陣に向かって疾走し、馬上で長刀を振り上げ、太刀を振り下ろす、その勢いそのままの勇ましい掛け声と戦場に響きわたる鼓の音。
戦国武将そのものの、気迫と気合。
義仲と兼平がよみがえって、舞台で鼓を打っているようだった。
天下無双、無敵の大小鼓。
それぞれ単独でもカッコいいけれど、兄弟そろった大小鼓は100倍くらいパワーアップして、もう、最強の組み合わせ!
ああ、このお二人の囃子でもっと舞台を観てみたかった。
あの曲も、この曲も、もっと、もっと観てみたかった……。
【演者が訪れる能の史跡】
京都観世会機関誌『能』7月号に、片山伸吾さんによる《兼平》ゆかりの地をめぐる紀行文「演者が訪れる能の史跡」が寄せられている。
それによると、《兼平》に登場する「山田矢橋の渡舟」は、今の近江大橋がかかる辺りにあったもので、「矢橋の船は速けれど、急がば回れ瀬田の長橋」と連歌に詠まれたように、比叡山からの突風が吹き下ろす船路よりも、瀬田の唐橋を経由した陸路のほうが安全だという、「急がば回れ」のことわざが生まれた場所だという。
公演前日に予習として、伸吾さんの紀行文を読みながら地図をたどると、先日、大津市伝統芸能会館に行った折に目にした琵琶湖の光景が浮かんできた。実際の舞台前場の名所教えの場面でも、のどかな初夏の湖面や崇高な霊山・比叡山がより鮮明にイメージできた。
京都は謡曲の史跡であふれているから、演者がめぐる紀行文が公演前の機関誌に掲載されるのは、良い企画だと思う。(私は今年から会員になったので知らなかったけれど、『能』に掲載された「演者が訪れる能の史跡」シリーズはこれで29回目なんですね。)
能《定家》につづく
能《兼平》片山伸吾
旅僧 福王和登
粟津浦船頭 小笠原弘晃
杉信太朗 成田達志 谷口正壽
後見 杉浦豊彦 河村晴道
地謡 味方玄 吉浪壽晃 分林道治
味方團 田茂井廣道 橋本忠樹
宮本茂樹 河村和貴
狂言《蝸牛》山伏 小笠原匡
太郎冠者 小笠原弘晃 主人 山本豪一
能《定家》梅若実→片山九郎右衛門
(梅若実が股関節症のため代演)
福王茂十郎 是川正彦 喜多雅人
千本辺りの者 小笠原匡
杉市和 大倉源次郎 河村大
後見 井上裕久 林宗一郎
地謡 梅若実 河村和重
浦田保親 浦部幸裕 橋本光史
松野浩行 大江泰正 河村和晃
仕舞《放下増小歌》松井美樹
《江口キリ》 吉浪壽晃
《籠太鼓》 味方玄
《融》 田茂井廣道
能《善界》大江広祐 河村浩太郎
岡充 岡陸 有松遼一
能力 泉槇也
竹市学 林大輝 石井保彦 井上敬介
後見 牧野和夫 大江信行
地謡 大江又三郎 浦田保浩 古橋正邦
越智隆之 浅井通昭 吉田篤史
梅田嘉宏 樹下千慧
思いがけず、念願だった片山九郎右衛門さんの《定家》を観ることに。
急遽、東京から駆けつけた方々もちらほら。京都の見所でも、シテが代役になることを当日会場で初めて知った人が多かったようだ。九郎右衛門さんのお社中の方さえ知らなかったくらいだから、ほんとうに突然決まったのかしら?
(観世会館からは2日前にツイッターとHPに発表があった。)
《定家》の感想は別記事に書くとして、まずは《兼平》から。
【お囃子最高!】
一にも二にも、成田達志さんと谷口正壽さんの大小鼓が、悶絶レベルでカッコよかった!
木曾義仲と今井兼平との乳兄弟の固い契りって、こんな感じではなかっただろうか?
まさに、たった二騎になった義仲と兼平が最期に猛戦する凄まじい雄姿を見るかのよう。
敵陣に向かって疾走し、馬上で長刀を振り上げ、太刀を振り下ろす、その勢いそのままの勇ましい掛け声と戦場に響きわたる鼓の音。
戦国武将そのものの、気迫と気合。
義仲と兼平がよみがえって、舞台で鼓を打っているようだった。
天下無双、無敵の大小鼓。
それぞれ単独でもカッコいいけれど、兄弟そろった大小鼓は100倍くらいパワーアップして、もう、最強の組み合わせ!
ああ、このお二人の囃子でもっと舞台を観てみたかった。
あの曲も、この曲も、もっと、もっと観てみたかった……。
【演者が訪れる能の史跡】
京都観世会機関誌『能』7月号に、片山伸吾さんによる《兼平》ゆかりの地をめぐる紀行文「演者が訪れる能の史跡」が寄せられている。
それによると、《兼平》に登場する「山田矢橋の渡舟」は、今の近江大橋がかかる辺りにあったもので、「矢橋の船は速けれど、急がば回れ瀬田の長橋」と連歌に詠まれたように、比叡山からの突風が吹き下ろす船路よりも、瀬田の唐橋を経由した陸路のほうが安全だという、「急がば回れ」のことわざが生まれた場所だという。
公演前日に予習として、伸吾さんの紀行文を読みながら地図をたどると、先日、大津市伝統芸能会館に行った折に目にした琵琶湖の光景が浮かんできた。実際の舞台前場の名所教えの場面でも、のどかな初夏の湖面や崇高な霊山・比叡山がより鮮明にイメージできた。
京都は謡曲の史跡であふれているから、演者がめぐる紀行文が公演前の機関誌に掲載されるのは、良い企画だと思う。(私は今年から会員になったので知らなかったけれど、『能』に掲載された「演者が訪れる能の史跡」シリーズはこれで29回目なんですね。)
能《定家》につづく
2019年8月11日日曜日
同研能~狂言《鳴子遣子》・能《歌占》
2019年8月10日(土)嘉祥閣
解説 吉浪壽晃
狂言《鳴子遣子》島田洋海
井口竜也 山下守之
後見 茂山茂
能《歌占》吉田篤史
子方 吉田学史 ツレ 寺澤拓海
杉信太朗 曽和鼓堂 谷口正壽
後見 井上裕久 浅井通昭
地謡 浦部幸裕 吉浪壽晃 寺澤幸祐
解説
まずは、吉浪さんの分かりやすい解説。
《歌占》の次第「月の夕べの浮雲は後の世の迷ひなるべし」の謡のちょっぴりお稽古もあって、楽しかった。吉浪さん、この日も好い声。
(解説の自分用メモ)
《歌占》のクセは「三難クセ」のひとつ。三難クセには、ほかに《白鬚》《花筐》がある。ただし、宝生流ではレパートリーに《白鬚》がないので、《山姥》のクセが三難クセに入る。
狂言《鳴子遣子》
ガラガラと音を鳴らして鳥を脅す道具を「鳴子」と呼ぶか、「遣子」と呼ぶかで言い争うお話。
遣子と呼ぶのは「引いて放てば鳴る」からなんですね。なるほどー。
嘉祥閣では至近距離で拝見できるので、演者の視線の動きまでよく分かる。
判定役となるシテの島田洋海さんがうまい。
言い争っている二人が賭けている刀を最後に持ち去ってしまうところなど、間の取り方や声の調子がなんともうまくて、視線の芸も見事。
それにしても、シテの主人が言った、どちらが勝っても負けても遺恨を残すから、どちらが正しいかなんて決めないほうがいい、というのはなんとも含蓄のある言葉。
たしかに、白黒つけずに曖昧なままにしておくほうが良いことって、人間社会には多い。世渡り上手は、のらりくらりとやり過ごす人だったりする。
『狂言から学ぶ!処世術』みたいな本があったら読んでみたい気がする。
世知辛い世の中、狂言的な思考で渡っていけるといいな。
能《歌占》
《歌占》は宗教民俗学的にも大変興味深い。
白山信仰の祭神・白山比咩大神は生命の蘇生を促す神であり、分霊社では「黄泉がえり」の神事が行われてきた。御神体の白山近辺の各神社では昔から猿楽能が盛んだったとされている。
能《歌占》は、そうした白山信仰を背景に作られた原曲を、観世元雅が「地獄の曲舞」を挿入するなどして換骨奪胎し、洗練化した作品。
おそらく中世には、「黄泉がえり」を体現した風体の芸能者が、地獄のありさまを再現する舞や芸が行われていたのかもしれない。
暗くジメジメした俊徳丸伝説を、《弱法師》のような清浄無垢な作品に仕立てつつ、オリジナルがもつ土俗的な香りを残して独特の世界を構築したように、《歌占》にも原曲のもつ呪術的要素が多分に残されていて、こういうアレンジの妙が元雅の卓越した手腕であり、彼の作品の魅力だと思う。
この日の《歌占》では、とても愛らしい子方さんがキリッと引き締まった表情で舞台にひたむきに向き合っていらっしゃって、その姿が健気で清々しい。朗々とした謡もよかった。
感動的だったのが、シテのお父様との再会シーン。
渡会某が幸菊丸の両肩に手を載せて、父子の対面を喜び合う場面が情愛に満ちていて、胸に響くものがあった。
シテが神懸って立廻り、難しい型の連続で狂乱のさまをあらわすところも印象的。
京観世の名門・井上一門らしい地謡もよく、大小鼓も爽快。なかでも、大鼓の谷口正壽さんが、あいかわらず気迫満点で、めちゃくちゃカッコいい!
夏の暑さを吹き飛ばす御舞台でした。
千丸屋さん。NHK「百味会」で父子喧嘩してはりましたが、やっぱり夏の暖簾は白。 |
狂言《鳴子遣子》島田洋海
井口竜也 山下守之
後見 茂山茂
能《歌占》吉田篤史
子方 吉田学史 ツレ 寺澤拓海
杉信太朗 曽和鼓堂 谷口正壽
後見 井上裕久 浅井通昭
地謡 浦部幸裕 吉浪壽晃 寺澤幸祐
解説
まずは、吉浪さんの分かりやすい解説。
《歌占》の次第「月の夕べの浮雲は後の世の迷ひなるべし」の謡のちょっぴりお稽古もあって、楽しかった。吉浪さん、この日も好い声。
(解説の自分用メモ)
《歌占》のクセは「三難クセ」のひとつ。三難クセには、ほかに《白鬚》《花筐》がある。ただし、宝生流ではレパートリーに《白鬚》がないので、《山姥》のクセが三難クセに入る。
狂言《鳴子遣子》
ガラガラと音を鳴らして鳥を脅す道具を「鳴子」と呼ぶか、「遣子」と呼ぶかで言い争うお話。
遣子と呼ぶのは「引いて放てば鳴る」からなんですね。なるほどー。
嘉祥閣では至近距離で拝見できるので、演者の視線の動きまでよく分かる。
判定役となるシテの島田洋海さんがうまい。
言い争っている二人が賭けている刀を最後に持ち去ってしまうところなど、間の取り方や声の調子がなんともうまくて、視線の芸も見事。
それにしても、シテの主人が言った、どちらが勝っても負けても遺恨を残すから、どちらが正しいかなんて決めないほうがいい、というのはなんとも含蓄のある言葉。
たしかに、白黒つけずに曖昧なままにしておくほうが良いことって、人間社会には多い。世渡り上手は、のらりくらりとやり過ごす人だったりする。
『狂言から学ぶ!処世術』みたいな本があったら読んでみたい気がする。
世知辛い世の中、狂言的な思考で渡っていけるといいな。
能《歌占》
《歌占》は宗教民俗学的にも大変興味深い。
白山信仰の祭神・白山比咩大神は生命の蘇生を促す神であり、分霊社では「黄泉がえり」の神事が行われてきた。御神体の白山近辺の各神社では昔から猿楽能が盛んだったとされている。
能《歌占》は、そうした白山信仰を背景に作られた原曲を、観世元雅が「地獄の曲舞」を挿入するなどして換骨奪胎し、洗練化した作品。
おそらく中世には、「黄泉がえり」を体現した風体の芸能者が、地獄のありさまを再現する舞や芸が行われていたのかもしれない。
暗くジメジメした俊徳丸伝説を、《弱法師》のような清浄無垢な作品に仕立てつつ、オリジナルがもつ土俗的な香りを残して独特の世界を構築したように、《歌占》にも原曲のもつ呪術的要素が多分に残されていて、こういうアレンジの妙が元雅の卓越した手腕であり、彼の作品の魅力だと思う。
この日の《歌占》では、とても愛らしい子方さんがキリッと引き締まった表情で舞台にひたむきに向き合っていらっしゃって、その姿が健気で清々しい。朗々とした謡もよかった。
感動的だったのが、シテのお父様との再会シーン。
渡会某が幸菊丸の両肩に手を載せて、父子の対面を喜び合う場面が情愛に満ちていて、胸に響くものがあった。
シテが神懸って立廻り、難しい型の連続で狂乱のさまをあらわすところも印象的。
京観世の名門・井上一門らしい地謡もよく、大小鼓も爽快。なかでも、大鼓の谷口正壽さんが、あいかわらず気迫満点で、めちゃくちゃカッコいい!
夏の暑さを吹き飛ばす御舞台でした。
帰りに立ち寄った大極殿・栖園。 帰省土産はこちらで調達。 |
嘉祥閣と両替町通散策~能楽堂建築シリーズ
気温38.5度の焦熱地獄のなか、かねてから訪れてみたかった嘉祥閣へ。
この日は同研能の日。
表構えは一般の民家。
なかに入ると、そこには異空間が……。
京都には、そういう素敵な能楽堂がいくつかあります。
ここもそのひとつ。
1961年竣工。
60年近く使い込まれ、汗と涙が染みついたツヤとテリ。
空間そのものに生気が宿り、床板や鏡板が呼吸しているように感じます。
ペディメントには、鳳凰の彫刻。
「嘉祥閣」の額。
見所の隣にはロビー代わりのお座敷も。
お座敷の襖には瀟洒なデザインの引き手。
見所は畳敷きなのですが、ありがたいことに椅子が用意されていました。
こんなふうに舞台の高さが低めなので、椅子に座ると、至近距離から舞台を見下ろす形に。
普段はなかなか観ることのできない、距離と角度からの観能体験。
とても新鮮でした。
嘉祥閣と同じ両替町通には、青木道喜師の冬青庵能舞台があります。
嘉祥閣から徒歩3分くらいかな?
冬青能《海士》と安曇野能楽鑑賞会のポスターが貼られていました。
(冬青能のチラシやポスターのデザイン、印象的できれいですね。)
ここも嘉祥閣と同じころ、1960年に建てられた能舞台のようです。
なかへはまだ入ったことがないのですが「原日出子の京さんぽ」で紹介されていて、とても雰囲気の良い空間でした。いつか訪れてみたいな。
さらに南へ下ると、京都国際マンガミュージアムに遭遇。
廃校になった龍池小学校の校舎を改築して建てられた素敵な博物館です。
龍池小学校は二条良基の邸宅「二条殿」跡に建てられたもので、「龍池」という名称も、二条殿にあった「龍躍池」に由来するといいます。
二条良基といえば、世阿弥に古典の教養を授けた人物としても知られています。
もしかすると「藤若」と呼ばれた寵童時代の世阿弥も、この地にあった二条殿に何度も通ったのかもしれません。
その龍池小学校の跡地(国際マンガミュージアム)の片隅に「龍ノ井」という井戸がありました。ポンプで汲み上げると、いまでも井戸の水が出るのでしょうか?
こちらも国際マンガミュージアムの片隅にたっていた石碑。
江戸時代には、このあたりに銀座(貨幣鋳造を担った場所)が設けられ、金融業や金銀細工職人が多く住んだことから、両替町通と名づけられたようです。
狭くて短い通りですが、いろんな歴史が詰まっているんですね。
(調べると、まだまだいろんなことが出てきそう。)
暑いなかお散歩に付き合ってくださった能友のAさん、ありがとうございました。
2019年8月10日土曜日
京アニ作品ポスター展
2019年8月10日(土)京都文化博物館
京都アニメーション作品のポスター展。
言葉にならないです。
画像だけ紹介します。
奇しくもこの日は、この別館ホールでトランペットのコンサートがあり、演奏を聴きながら『ユーフォニアム』のポスターを鑑賞。
舞台となったうさぎ山商店街は、出町桝形商店街がモデル。
来月には、ここ、ブンパクのフィルムシアターで、京都アニ作品の上映会があるそうです。
京都アニメーション作品のポスター展。
言葉にならないです。
画像だけ紹介します。
奇しくもこの日は、この別館ホールでトランペットのコンサートがあり、演奏を聴きながら『ユーフォニアム』のポスターを鑑賞。
舞台となったうさぎ山商店街は、出町桝形商店街がモデル。
来月には、ここ、ブンパクのフィルムシアターで、京都アニ作品の上映会があるそうです。
2019年8月6日火曜日
真夏のオアシス ~七曜会祖先祭
2019年8月4日(日)京都観世会館
舞囃子
《高砂》 味方玄
《遊行柳》 河村晴道
《杜若恋之舞》 杉浦豊彦
《野守黒頭天地之聲》浦田保親
そのほか、居囃子、素囃子、一調、独鼓、独調など
ここのお社中はうまい方ばかりで、聞き惚れてしまう。
一調一管《鷺》を打たれた方なんて、杉市和さんの笛と見事に調和して、何も知らずに聴いたら玄人どうしの一騎打ちかと思ってしまいそう……いや~、すごかった!
ほかの方々もお世辞抜きにお上手で、ひたすら感服。
光長師のお弟子さんは熟練の技、光範さんのお弟子さんはお師匠様に似て、腕や腹筋・背筋、体幹の筋肉が素晴らしく、華麗なバチさばき。ほんと、すごいお社中です。
あれだけ打てたら楽しいだろうなぁ。
舞囃子のプロのシテ方さんいずれも見応えがありました。
味方玄さんの《高砂》は夏の清流のように清々しい緊張感にあふれていたし、河村晴道さんは切戸口から入ってきた時から翁寂びた柳の精だった(晴道さんの《遊行柳》、お能で拝見したい)。
杉浦さんの杜若には花のうるおいがあったし、浦田保親さんの野守は力強いなかにも緩急とスピード感があって素敵。
個人的には、大好きな大鼓方さんお二人(谷口正壽さんVS河村大さん)の競演が見どころ・聴きどころ。
好きな囃子方さんが増えてくると、そのパートを聴く耳が育ってくる気がします。
舞囃子
《高砂》 味方玄
《遊行柳》 河村晴道
《杜若恋之舞》 杉浦豊彦
《野守黒頭天地之聲》浦田保親
そのほか、居囃子、素囃子、一調、独鼓、独調など
ここのお社中はうまい方ばかりで、聞き惚れてしまう。
一調一管《鷺》を打たれた方なんて、杉市和さんの笛と見事に調和して、何も知らずに聴いたら玄人どうしの一騎打ちかと思ってしまいそう……いや~、すごかった!
ほかの方々もお世辞抜きにお上手で、ひたすら感服。
光長師のお弟子さんは熟練の技、光範さんのお弟子さんはお師匠様に似て、腕や腹筋・背筋、体幹の筋肉が素晴らしく、華麗なバチさばき。ほんと、すごいお社中です。
あれだけ打てたら楽しいだろうなぁ。
舞囃子のプロのシテ方さんいずれも見応えがありました。
味方玄さんの《高砂》は夏の清流のように清々しい緊張感にあふれていたし、河村晴道さんは切戸口から入ってきた時から翁寂びた柳の精だった(晴道さんの《遊行柳》、お能で拝見したい)。
杉浦さんの杜若には花のうるおいがあったし、浦田保親さんの野守は力強いなかにも緩急とスピード感があって素敵。
個人的には、大好きな大鼓方さんお二人(谷口正壽さんVS河村大さん)の競演が見どころ・聴きどころ。
好きな囃子方さんが増えてくると、そのパートを聴く耳が育ってくる気がします。
2019年8月4日日曜日
片山家能装束・能面展~継承の美
2019年8月3日(土)京都文化博物館
今年で23回を迎える片山家の能装束・能面展。
九郎右衛門さんの講演「片山家の能面と能装束」は、謡《鞍馬天狗》の稽古体験(口移しのお稽古)あり、能面・装束のお話あり、装束着付けのデモンストレーションありと、盛りだくさん。
終了後も、御当主みずから展示品についての解説があり、こちらの質問にも丁寧に答えてくださって、貴重なお話をたくさんうかがうことができました。ほんとうに驚くほど誠実な方。
展示品のなかには、能《大典》で使用した菊の冠や天女の鳳凰天冠、御大典記念扇なども。
能面は昨年は美女ぞろいだったので、今回は男面がずらり。
面打ちの見市泰男氏からエピソードを交えての解説もあり、興味深く拝聴しました。
以下は自分用のざっくりとしたメモ。
【能面】
《猅々(ひひ)》作者不詳:《鵺》の後シテに使われた。伊勢猿楽などでは、天下一河内《小癋見》と一対で阿吽の面として、《翁》の前に舞台を清めるために使われたとも。
《小癋見》天下一河内:《猅々》と一対で阿吽の面として、《翁》の前に舞台を清めるために使われたらしい。
《翁》石井三右衛門
《飛出》大光坊(井関家出身の幻の面打ち)の貴重な作例となった面。幽雪師が海外のオークションで落札し、箱を開けた時に、ボロボロと表面が剥落してしまったという。《船弁慶》の後シテに使用。剥落して表情が崩れたところが、海から現れた知盛の亡霊の雰囲気とマッチして、功を奏したようです。見てみたかった。
《阿波男》作者不詳、目に金具→神様役に使われる。
《釣眼》作者不詳:大飛出と同じような用途で、《国栖》の蔵王権現などに使われる。
《男蛇(おとこじゃ)》作者不詳、《竹生島》や《玉井》などの龍神に使われる。
《小癋見》赤鶴作
《小飛出》作者不詳、様式化されていない独特の造形
《黒髭》伝赤鶴、顰のようにかッと開いた口、こちらも《竹生島》の龍神などに使われる。
《大癋見》出目洞水満昆、《大会》のときに《しゃか》の面の下に掛けるので小ぶりの大癋見。
《しゃか》近江、《大会》のときに《大癋見》の上に掛ける。
《三日月》宮王道三、目に金具がついたこうした面は、かつては神様の役専用に使われていたが、江戸時代以降、面の解釈に変化があり、武将の霊にも使われるようになった。その結果《高砂》の後シテなどには《三日月》の代わりに《邯鄲男》が使用されるようになる。
《中将》洞白、目がキリッと引き締まった表情をしており、おもに平家の武将などに使われる。
《中将》作者不詳、こちらは甘くなよやかな表情で、《融》などの公達に使われる。
【装束】
・紺地金立湧浪ノ丸厚板唐織
・赤地金立湧浪ノ丸厚板唐織
色違い赤地・色違いの厚板唐織。オリジナルは紺地のほう。赤地と紺地の写しを新調したが、紺地の写しのほうはブンパクの所蔵になってしまったとか。
この紺赤の厚板唐織は、《渇水龍女》という、《一角仙人》の女性ヴァージョンのような復曲能を上演した際に、龍王と龍女の衣装として使用されたとのこと。
また、ぜひとも再演してほしいですね。
・紅・萌黄・黒紅段枝垂桜ニ御所車唐織
以前、九郎右衛門さんがEテレ「美の壺」の「西陣織」編でご出演された時に紹介してはった装束。300年くらい前のものですが、いちばん高価とされる黒紅の色がきれいに残っていて、見惚れてしまうほど。やはり《熊野》で使用することが多いとか。
間近で拝見できて感無量。
・濃萌葱地萩ニ山桃長絹(新旧)
江戸初期のオリジナル装束と、その写しが展示されていて、見事に復元新調された姿と比較できるのがうれしい。九郎右衛門さんは筋金入りの装束マニアで、織元や染色家の方々と装束をこだわり抜いて復元or新調されるのがとてもお好きなようです。装束のお話になると目がキラキラしてはります。
私も会場に3時間近くいたのですが、まだまだぜんぜん観足りない。お話をうかがいながら拝見すると、味わいもひとしお。もっとじっくり観ていたかった。
片山九郎右衛門さん、関係者の方々、ありがとうございました。
今年で23回を迎える片山家の能装束・能面展。
九郎右衛門さんの講演「片山家の能面と能装束」は、謡《鞍馬天狗》の稽古体験(口移しのお稽古)あり、能面・装束のお話あり、装束着付けのデモンストレーションありと、盛りだくさん。
終了後も、御当主みずから展示品についての解説があり、こちらの質問にも丁寧に答えてくださって、貴重なお話をたくさんうかがうことができました。ほんとうに驚くほど誠実な方。
展示品のなかには、能《大典》で使用した菊の冠や天女の鳳凰天冠、御大典記念扇なども。
能面は昨年は美女ぞろいだったので、今回は男面がずらり。
面打ちの見市泰男氏からエピソードを交えての解説もあり、興味深く拝聴しました。
以下は自分用のざっくりとしたメモ。
【能面】
《猅々(ひひ)》作者不詳:《鵺》の後シテに使われた。伊勢猿楽などでは、天下一河内《小癋見》と一対で阿吽の面として、《翁》の前に舞台を清めるために使われたとも。
《小癋見》天下一河内:《猅々》と一対で阿吽の面として、《翁》の前に舞台を清めるために使われたらしい。
《翁》石井三右衛門
《飛出》大光坊(井関家出身の幻の面打ち)の貴重な作例となった面。幽雪師が海外のオークションで落札し、箱を開けた時に、ボロボロと表面が剥落してしまったという。《船弁慶》の後シテに使用。剥落して表情が崩れたところが、海から現れた知盛の亡霊の雰囲気とマッチして、功を奏したようです。見てみたかった。
《阿波男》作者不詳、目に金具→神様役に使われる。
《釣眼》作者不詳:大飛出と同じような用途で、《国栖》の蔵王権現などに使われる。
《男蛇(おとこじゃ)》作者不詳、《竹生島》や《玉井》などの龍神に使われる。
《小癋見》赤鶴作
《小飛出》作者不詳、様式化されていない独特の造形
《黒髭》伝赤鶴、顰のようにかッと開いた口、こちらも《竹生島》の龍神などに使われる。
《大癋見》出目洞水満昆、《大会》のときに《しゃか》の面の下に掛けるので小ぶりの大癋見。
《しゃか》近江、《大会》のときに《大癋見》の上に掛ける。
《三日月》宮王道三、目に金具がついたこうした面は、かつては神様の役専用に使われていたが、江戸時代以降、面の解釈に変化があり、武将の霊にも使われるようになった。その結果《高砂》の後シテなどには《三日月》の代わりに《邯鄲男》が使用されるようになる。
《中将》洞白、目がキリッと引き締まった表情をしており、おもに平家の武将などに使われる。
《中将》作者不詳、こちらは甘くなよやかな表情で、《融》などの公達に使われる。
【装束】
・紺地金立湧浪ノ丸厚板唐織
・赤地金立湧浪ノ丸厚板唐織
色違い赤地・色違いの厚板唐織。オリジナルは紺地のほう。赤地と紺地の写しを新調したが、紺地の写しのほうはブンパクの所蔵になってしまったとか。
この紺赤の厚板唐織は、《渇水龍女》という、《一角仙人》の女性ヴァージョンのような復曲能を上演した際に、龍王と龍女の衣装として使用されたとのこと。
また、ぜひとも再演してほしいですね。
・紅・萌黄・黒紅段枝垂桜ニ御所車唐織
以前、九郎右衛門さんがEテレ「美の壺」の「西陣織」編でご出演された時に紹介してはった装束。300年くらい前のものですが、いちばん高価とされる黒紅の色がきれいに残っていて、見惚れてしまうほど。やはり《熊野》で使用することが多いとか。
間近で拝見できて感無量。
・濃萌葱地萩ニ山桃長絹(新旧)
江戸初期のオリジナル装束と、その写しが展示されていて、見事に復元新調された姿と比較できるのがうれしい。九郎右衛門さんは筋金入りの装束マニアで、織元や染色家の方々と装束をこだわり抜いて復元or新調されるのがとてもお好きなようです。装束のお話になると目がキラキラしてはります。
私も会場に3時間近くいたのですが、まだまだぜんぜん観足りない。お話をうかがいながら拝見すると、味わいもひとしお。もっとじっくり観ていたかった。
片山九郎右衛門さん、関係者の方々、ありがとうございました。
京都国立近代美術館・村上華岳・長谷川潔など
この日は今年度第3回コレクション展の最終日。
残念ながら村上華岳没後80年展は撮影禁止 (>_<)。
なので、それ以外で気に入ったものを掲載しますね。
こちらは世界のガラス工芸展。
透明で涼感のあるガラス作品は、猛暑の展示にぴったり。
紫がかったピンクの濃淡が三層になった凄い技術の作品。
香水瓶にこういうデザインがあれば素敵だな。
京都はこの時期が一年でいちばん人が少ない時期かも。
休日にもかかわらず美術館はガラガラ、ほとんど貸し切り状態。
多層の色使いに優美なフォルム、見事な技法。
ガラスって好きだなあ。
大好きな長谷川潔作品もいくつか。
楡の木が、異様なエイリアンのよう。
こちらは長谷川潔の油彩画。
いつまでも観ていたい。
心が傷ついたときにやさしく慰めてくれる絵。
いまがちょうど、そんな心境。
異色の画家・靉光が描く草花は、自画像と同じく、画家の内面が投影されているように感じてしまう。
たっぷりと水気を含んだ厚みのある葉と艶々の葉脈が、人間の首や腕のように蠢いている。
反体制派の劇作家・イヨネスコをモデルにした作品。
細部を観ると、ちょっとここには書けないような、エロ・グロの象徴的アイテムがいろいろあって、何かを訴えてはるんやろうなあ。
【村上華岳】
肉感的で妖艶な観音図が多かった。
今回いちばん印象に残ったのが、《楊柳観音図・擬唐朝古石仏》。
淡彩でごく薄く描かれたこの楊柳観音は、官能的な要素が弱まり、柔和で優しい目をした柳の妖精のように見える。ほかの観音図のような豊満な肉体から離脱した、精神性の高い女神様に思えたのは、石仏を模したものだからだろうか。
また、白隠を思わせる、省略の効いた描線で描かれた羅漢図も面白かった。
残念ながら村上華岳没後80年展は撮影禁止 (>_<)。
なので、それ以外で気に入ったものを掲載しますね。
ドミニック・ラビノ《三段階の形成》 |
透明で涼感のあるガラス作品は、猛暑の展示にぴったり。
紫がかったピンクの濃淡が三層になった凄い技術の作品。
香水瓶にこういうデザインがあれば素敵だな。
ハーヴィ・K・リットルトン《 抛物線のフォーム》 |
休日にもかかわらず美術館はガラガラ、ほとんど貸し切り状態。
トム・マックグロウクリン《上昇する赤いフォーム》 |
岩田久利《簾》 |
ガラスって好きだなあ。
長谷川潔《一樹(ニレの木)》、ポアント・セッシュ |
楡の木が、異様なエイリアンのよう。
長谷川潔《コップに挿した草花》、1848年、油彩 |
いつまでも観ていたい。
心が傷ついたときにやさしく慰めてくれる絵。
いまがちょうど、そんな心境。
靉光《花(やまあららぎ)》、1942年 |
たっぷりと水気を含んだ厚みのある葉と艶々の葉脈が、人間の首や腕のように蠢いている。
工藤哲巳《イヨネスコの肖像》、1971 |
細部を観ると、ちょっとここには書けないような、エロ・グロの象徴的アイテムがいろいろあって、何かを訴えてはるんやろうなあ。
【村上華岳】
肉感的で妖艶な観音図が多かった。
今回いちばん印象に残ったのが、《楊柳観音図・擬唐朝古石仏》。
淡彩でごく薄く描かれたこの楊柳観音は、官能的な要素が弱まり、柔和で優しい目をした柳の妖精のように見える。ほかの観音図のような豊満な肉体から離脱した、精神性の高い女神様に思えたのは、石仏を模したものだからだろうか。
また、白隠を思わせる、省略の効いた描線で描かれた羅漢図も面白かった。
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