2016年7月12日火曜日

テアトル・ノウ【東京公演】《山姥 雪月花之舞 卵胎湿化》 後場

テアトル・ノウ《山姥 雪月花之舞》前場・替間「卵胎湿化」からのつづき

能《山姥 雪月花之舞 卵胎湿化》 味方玄         
     谷本健吾 宝生欣哉 大日方寛 梅村昌功
     石田幸雄
     藤田六郎兵衛 成田達志 亀井広忠 観世元伯
     後見 清水寛二 味方團
     地謡 片山九郎右衛門
         観世喜正 河村晴道 分林道治
         角当直隆 梅田嘉宏 武田祥照 観世淳夫



後場ではシテが中盤から本領発揮! 
とはいえ、『六平太藝談』にもあるように、《山姥》の山は際限のない山。
曲の進行そのものがシテ自身の体験する山めぐりの道のりのように思われ、シテが山姥へと変容していく過程が目の前で劇中劇のように展開された非常に興味深い舞台でした。


【頭越一声】
カカリがなく、冒頭から激しくにぎやかな手組。
二段目で笛が加わり、しばらく笛を聴いてから幕が上がってシテが登場する。

立涌文の半切に厚板壺折、白頭。
張りのある山姥の面が生気を帯びて、若々しく見える。

シテは「あらもの凄の深谷やな」を引き伸ばして謡うことで深い渓谷を表現し、
「寒林に骨を打つ」で骨を打つように、葉付鹿背杖でコンコンと床を打つ。


山また山、いずれのたくみか、青巌の形を削りなせる
水また水、誰が家にか碧潭の色を染め出せる

一の松に立ったシテは深山幽谷の厳しく雄大な風景を謡によって描いてゆく。

恐ろしい山姥の姿に、遊女は射すくめられたように怯え慄く。
ツレの可憐さが山姥の魁偉さを際立たせていた。



【雪月花之舞】
味方健師の解釈によると、地次第の「よし足引の山姥が山めぐりするぞ苦しき」で、山姥は遊女に乗り移り、憑依された遊女が雪月花之舞(中之舞)を舞うことになる。

実際には、脇座で床几に掛かったツレが「吉野龍田の花紅葉」と謡い、杖を扇に持ち替えたシテがそれを受け、「更級越路の月雪」と謡って、雪月花之舞に入っていく。


この三段之舞は「さすがは味方玄!」と思える素晴らしさ。

「雪月花之舞」の小書きがつくと脇能扱いになるので、後シテの出では「もう少し神がかったスケール感があってもよかったのでは?」という気がしたけれど、舞うことによってシテはエネルギーを消耗するどころか充電され、舞うほどにノッてきているのが伝わってくる。

舞えば舞うほどシテは役に没入し、役になりきっていく。


カカリと初段は比較的ゆっくり。
二段で少し早まり、オロシでシテは太鼓前で止まって脇正斜め方向を向く。
右手で扇を逆手に持つ三段になると一気に急の位に転じ、その後いったんしずまって、さらに急調に。

シテの舞と囃子の演奏が生み出すこの緩急の妙が四季の移ろいをあらわし、見所を惹きつける。


舞の直後の「それ山といっぱ塵泥より起って」では、シテは舞う前とは見違えるように山姥に近づいていた。



【山姥の曲舞】
シテは正中で床几に掛かり、窮山通谷の姿に仏教観を重ねたクセを地謡が謡い上げる。

九郎右衛門さん率いる地謡の緩急・強弱・高低を自在に使い分けた謡が凄くよかった!


「下化衆生を表して、金輪際に及べり」で、シテは床几からほとんど立ち上がり、右手に持った閉じた扇を真っ逆さまにズブズブと下に向けて突き刺し、左足を大きく上げて足拍子。
マントルを貫く気迫さえ感じさせる型。


「ただ雲水を便りにて至らぬ山の奥もなし」で、通常は扇を杖に持ち替えるところを、シテは立ちあがって扇を開き、「しかれば人間にあらずとて」で、上ゲ扇。


ここから舞グセとなり、「休む重荷に肩を貸し」で開いた扇を右肩に載せて下居する型や、「五百機(いおはた)立つる窓に入って」で窓の桟を越えて屋内に入るように右左足拍子する型など、見どころが多い。



立廻リ→終曲】
味方健師の解説にもあったように、「山姥の曲舞」の[次第]「よしあしびきの山姥が、山めぐりするぞ苦しき」が、曲舞の最後(立廻リの前)で再び登場。

この円環感覚(いわば「堂々巡り」感覚)が山めぐりに象徴される輪廻の輪と結びつくという、世阿弥の天才ぶりが発揮された見事な構成になっている。


ここで扇から、扱いの難しそうな鹿背杖に持ち替えることで、足枷をはめられたような重々しさ、重圧感がシテの動きに加わる→山めぐりの苦しさの表現。


公演チラシ&パンフレットにもあった、正中で杖を右肩に載せて下居する型→その後、左・右と交互に膝を出す型も印象深い。


そして、地謡とシテの掛け合いから舞台はスリリングに展開。

「月見る方にと山めぐり」で、正中にて白頭の前髪をつかみ、
「雪を誘ひて山めぐり」で、橋掛りに行き、
「めぐり、めぐりて、輪廻を離れぬ」で、一の松にて反時計回り&時計回りにくるくるまわり、
「鬼女が有様」から囃子と地謡が急調に転じ、
「みるやみるやと、峰にかけり」で、欄干に左足と鹿背杖を掛け、
「山また山に山めぐり、山また山に山めぐりして」で、
オーケストラ並みの大迫力の地謡と囃子のなか、
シテは一陣の風が吹き抜けるように橋掛りをタタターッと駆け抜け、
そのままいきなり幕入り!!!


山姥は風となって消えていった――?


もう一度幕の中から飛び出してくるかとシテの再登場を期待するくらい、
意表を突くエンディングだった。

ツレの遊女が、憑依が解けたように幕のほうを向いたままフワリと立ち上がり終焉。


耳の奥では、あのドラマティックな地謡と囃子の音色がいつまでも鳴り響いていた。











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