能《善界・白頭》 シテ 片山九郎右衛門
ツレ観世淳夫 ワキ 宝生欣哉 則久英志 御厨誠吾 アイ山本則秀
竹市学 成田達志 佃良勝 観世元伯地謡 鵜澤光 長山桂三 北浪貴裕 馬野正基
西村高夫 阿部信之 山本順之 清水寛二
後見 大槻文蔵 谷本健吾
発表当初から楽しみにしていた九郎右衛門さんの《善界・白頭》。
三役が公表されてからはなおさら必見の舞台となりました。
だって凄いじゃないですか、シテといい、囃子方といい、ワキといい、
(そして後見も地謡も)善界にはこれ以上ないっていうくらいの配役が勢ぞろい!
【次第→道行】
次第の囃子とともに、大天狗・善界坊が唐の国から空を渡って日本にやってきます。
前シテは山伏に扮した天狗という役柄上、直面で演じられることが多いようですが、
この日はシテ・ツレともそれぞれ「多賀」と「怪士(高津紘一作)」の面をかけていました。
シテがつけている多賀(鷹)の面は怪士系の能面なのですが、
伏せ目がちに眉間にしわを寄せている表情など、
どこか悲しげで、悩み多き異人といった面持ち。
九郎右衛門さんが表現したかった善界坊の胸の内が垣間見える気がします。
この日のシテは第一声から声が少し割れていて、本調子ではないように感じました。
(九郎右衛門さんは、シテと地頭の役が怒涛のようにまわってくる殺人的スケジュールを日々こなしていらっしゃるのだから、絶好調ではないのは全く致し方ない。
それよりも、これだけ連続する舞台のひとつひとつを
これほどまでに高いレベルとクオリティーを保ちながら演じていらっしゃるのはまさに神業。
この日も後場でその神業が発揮されたのでした。)
早々と愛宕山に着いた善界坊。
日本人を魔道に引き込むべく、天狗仲間の太郎坊に協力を仰ぎます。
ツレ(太郎坊)の淳夫さんは背格好が九郎右衛門さんと同じくらいで、
面と装束をつけると一瞬見分けがつかないくらい(地声も九郎右衛門さんとよく似ている)。
以前も書いたけれど、ハコビも九郎右衛門さん譲りでとってもきれい。
【クリ・サシ・クセ】
さて、日本の天台山・比叡山を攻略する秘策を練る善界坊と太郎坊だが、
いつしか2人の密議は日本の神仏の威力を礼讃する内容になっていく。
然りとはいへども輪廻の道を去りやらで魔境に沈むその嘆き。
思ひ知らずや我ながら過去遠々の間にさずが見仏聞法のその結縁の功により
三悪道を出でながらなほも鬼畜の身を借りて
いとど仏敵法敵となる悲しさよ
クセの中で思わず弱音を吐く善界坊。
このクセの部分は「白頭」の小書がつくと省略されることもあるそうだけど、
おそらくこの箇所こそ九郎右衛門さんが表現したかった善界坊の素顔だと思う。
(だから今回は詞章の省略はなしでした。)
本音の部分では仏法に心を寄せながらも、
天狗の首領に生まれついたばかりに仏敵として生きなければならない。
嘆き、迷いつつも、天狗としての本分を全うしようとする健気(?)な善界。
憐れでユーモラスな天狗のキャラクターを描いたこのクセこそ《善界》の醍醐味。
【来序中入】
ここから元伯さんの太鼓が入って来序。
見た目も中身も脂の乗った名手ぞろいのこの日のお囃子。
すでに来序で、ゲートが開くのを待つ出走馬のような攻めの息遣いが感じられて、
後場への期待が高まってゆく。
【後場】
牛車に乗ったワキの比叡山僧正が登場。
(ワキの欣哉さんが現れて、ワキ座に置かれた作り物に入って、床几に座る)。
すると、暴風が吹き荒れ、草木山河が振動し、雷がとどろく。
【大ベシ】
大ベシの囃子が二巡ほどしてかなり間を持たせたあと、ずっしりと重い位で後シテが登場。
(面は洞水作・大癋見)
いつも思うけれど、九郎右衛門さんはこういう間の取り方・位の取り方が絶妙。
本音を吐露した前シテとは打って変わって、
妖気すら感じさせる威厳のある天狗の首領に見事に変身していた。
このあたりなんとなく、片山家当主として生まれた九郎右衛門さん自身の姿と重なって見える。
【イロエ→働】
不思議や雲の中よりも 邪法を唱する声すなり
雲に乗った善界の音のない足拍子が天空にこだまする。
ここからイロエ→舞働と、観客に息もつかせない大迫力のスピーディーな展開。
舞台にいるのは天狗に扮した九郎右衛門さんではなく、異界に生きる天狗そのもの。
翼を広げた天狗が天を駆けながら舞っているとしか思えないほど、
リアルで不思議な躍動感。
お囃子と地謡がドラマティックに盛り上げ、シテの動きと一体となり、
見る者は目眩がするような高揚感に包まれる。
ああ、感動が追いつかない。
舞台の展開のほうが速すぎて、感動が追いついていけない。
一瞬、一瞬を、目に、耳に、頭に刻みつけたいのに、感覚が追いついていけない。
天狗の人間離れしたスピード感。
わけがわからないまま涙があふれてくる。
さしもに飛行を羽根も地に落ち、力も槻弓の
翼の折れた天狗はジャンプして地に伏せ組落ちの型をして、
立ち去ると見えしがまた飛び来たり
橋掛りに行って、欄干に片足を載せ、
さるにてもかほどに妙なる仏力神力
今より後は来るまじと
手にしていた数珠を悔し紛れに僧正めがけて放り投げ、
(数珠は見事に舞台中央脇正面寄りに着地)
声ばかり虚空に残って、姿は雲路に入りにけり
タタタタタと橋掛りを駆け抜け、揚幕の奥へと潔く、消えていった。
時空を超えた永遠のアンチヒーロー、最高にかっこいい!!
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