《錦木・替之型》前場からのつづき
能《錦木・替之型》シテ男の霊 梅若紀彰
ツレ女の霊 松山隆之
アイ丸山やすし ワキ高安勝久→休演
ワキツレ→ワキ原大ワキツレ丸尾幸生
アイ丸山やすし ワキ高安勝久→休演
ワキツレ→ワキ原大ワキツレ丸尾幸生
一噌幸弘 吉阪一郎 河村眞之介 上田慎也
後見 梅若長左衛門 小田切康陽
地謡 梅若玄祥→休演 観世喜正 山崎正道 角当直隆 坂真太郎
永島充 谷本健吾 中森健之介 小田切亮磨
働キ 川口晃平
働キ 川口晃平
【後場】
〈後シテの出〉
ワキ・ワキツレの待謡のあと出端の囃子で、
後見座にクツロいでいたツレが立ち上がって謡い出す。
つづいて塚のなかから、「あら有難の御弔いやな……」と、シテの謡。
地の「現れ出づるを御覧ぜよ」で引廻しが下ろされ、
塚の中で下居した後シテの姿が現れる。
出立は緑の色大口に、御舟の《錦木》の白い衣を思わせる、輝くような象牙色の水衣。
面は、憂悶の表情をした三日月。
あとの黄鐘早舞で、シテは水衣の袖を華麗に巻き上げて翻す。
あのフワッとした袖を勢いよく巻き上げるには、かなりの技術が要るのではないだろうか。
水衣の下に比較的しっかりした生地のものを着ていたのも、そのための工夫なのかも。
〈機を織る女の家を再現〉
「出で出で」「昔を現さんと」で、シテは塚から出、
「女は塚のうちに入りて」で、ツレが塚に入り、「機物を立てて機を織れば」で下居。
「夫は錦木を取り持ちて、さしたる門をたたけども」で、門に見立てた錦木を扇で叩き、
「きりはたりちやう」で、今度は機物に見立てた錦木を扇で叩く。
ツレは塚から出て、脇座で下居(ワキ・ワキツレは地謡前で下居)。
錦塚が女の家に変わるこの場面、
オレンジ色の灯りがともる家のなか、機を織る女の姿がぼうっと浮き上がり、
暗い男の姿が門を叩く、影絵のように印象深いシーン。
きり、はたり、ちやう、ちやう、というシテとツレの掛け合いが、
どこかで通い合う男女の心を感じさせる。
〈クリ・サシ・クセ〉
クセの「夫は錦木を運べば」で、シテは床に置いた錦木を再び手にして、
脇座にいる女のもとへ運んでいく。
ここがちょうど、御舟の《錦木》に描かれた場面。
白い水衣をまとったシテの姿が絵から抜け出たよう。
ツレの前に錦木を置くけれど、女は微動だにせず、草の戸は閉じられたまま。
「夜はすでに明けければ」で、鶏鳴をあらわすように小鼓がコンコンコンと打ち、
シテは立ち上がって、すごすごと帰り、
「恋の染木とも、この錦木を読みしなり」で、左袖を取り、読む所作をする。
シテ謡「思ひきや、榻のはしがき書きつめて」から、扇を開いて舞グセとなり、
シテは恋の苦悩にあえぐ舞を舞う。
そして、苦悶の果てに、
女の前に置かれた錦木を取り上げ、
「あらつれな、つれなや!」で昂った感情をあらわすように
錦木を思いっきり後ろに投げ捨て(錦木は脇座前から一の松手前まで飛んだ)、
情感のこもった男泣きの激シオリ!
替之型らしい独創的な演出だ。
しかし、絶望の淵に突き落とされた瞬間、サッと光明が射し、
錦木が千束になり、今こそは「閨の内見め」「うれしやな!」と
世阿弥作らしい、奈落の底からの急展開。
シテは女と盃と交わした気持ちをユウケンであらわし、悦びの舞を舞う。
〈黄鐘早舞→終曲〉
もうここからは、紀彰さんの真骨頂!
袖をキリリッと巻き上げるところなど、清冽な型が冴えわたる!
小書により、常よりも早い早舞だったようだけど
(一噌幸弘さんの笛だと小書きなしでも早くなりそう)、
三段ではあっという間で、ほんとうは十三段くらい舞ってほしいくらい。
早舞後の「立つるは錦木」で閉じた扇を、要から突き立てるようにグッと立て、
「有明の影恥ずかしや」で、左手の扇で顔を隠し、
「錦木も細布も夢も破れて、松風颯々たる」から地謡が急調になり、
最後の「朝の原の野中の塚ぞとなりにける」で、
《石橋》のクライマックスに一畳台の前でワン、ツーと足拍子して飛び安座をするように、
塚の前で、右、左と足拍子してから塚に入り、くるりと正を向いて飛び安座。
その瞬間、地謡も囃子もピタッと止まり、
鮮やかな静寂が見所に沁みわたった。
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