五代目吉田玉助襲名披露のご祝儀 |
《彦山権現誓助剣》の六助とお園 |
吉岡一味斎の姉娘・お園 吉田和生
吉岡一味斎の妹娘・お菊 吉田勘彌
京極内匠 吉田玉志
若党友平 吉田文昇 ほか
【須磨浦の段】
お菊 竹本三輪太夫
内匠 豊竹始太夫
友平 竹本小住太夫
弥三松 豊竹咲寿太夫
鶴澤清友
【瓢箪棚の段】
中 豊竹希太夫
鶴澤寛太郎
奥 竹本津駒太夫
鶴澤藤蔵 ツレ 鶴澤清公
【杉坂墓所の段】
口 豊竹亘太夫
野澤錦吾
奥 豊竹靖太夫
野澤錦糸
【毛谷村六助住家の段】
中 豊竹睦太夫
野澤勝平(野澤喜一朗改め)
奥 竹本千歳太夫
豊澤富助
襲名ブームに沸く伝統芸能界、文楽も春からおめでたい襲名披露公演!
とはいえ、わたしが拝見したのは《彦山権現誓助剣》の半通し上演のある第2部のみ。
(桐竹勘十郎さんの狐忠信もすっごく観たかったけど、通しで観るのはしんどいから……)。
それにしても東京で観る文楽とは、やっぱ、ちゃう。
文楽劇場に行く前に法善寺横丁に寄ってみてんけど、なんかもう、欲望やら熱気やら、いろんなもんが渦巻く、アジア的カオスの世界。
《夏祭浪花鑑》の、あのネバついた湿度の高いエネルギーを肌で感じる。
大阪のおばちゃんも、どこ行ってもバンバン気さくに声かけてきはるし(他人の心に土足で踏み込むんやなしに、ほんまにフレンドリーで、自然に打ち解けてきはる感じ)。
文楽観てても休憩時間になると、まだ幕が閉まらないちに、観客の皆さん、おもむろに立ち上がり、出口のほうにドドド―ッと押し寄せ、わたしがホールから出てきた頃には、もうすでにソファの陣取り合戦を済ませ、ものすごい勢いでお弁当を食べてはる……。
(休憩時間30分もあるのに!?)
こうゆう、前のめりでエネルギッシュな土壌から、文楽が生まれ、はぐくまれてきたんやね。
さて、今回観た《彦山権現誓助剣》は、全11段のうち4段上演する半通し狂言。梅野下風&近松保蔵合作で、天明6(1789)年に竹本座で初演されたもの。
上演される四段までのストーリーをかいつまんで話すと━━。
長門国郡(毛利)家の剣術指南役・吉岡一味斎は、彦山麓の毛谷村に住む六助に、彦山権現の鳥居前で剣術奥義の一巻を授けるが、その後、娘お菊に横恋慕した京極内匠から逆恨みされ、闇討ちにあう。一味斎の遺族(妻お幸、娘お園・お菊)は父の仇・京極内匠を探して旅に出る。姉妹は二手に分かれ、妹お菊は幼児・弥三松と若党・友平とともに須磨浦にたどり着く━━というところから「須磨浦の段」が始まる。
上演機会の多い「毛谷村六助住家の段」の面白さもさることながら、文楽劇場初上演となる「須磨浦の段」「瓢箪棚の段」も見応えがあり、とくに「瓢箪棚の段」の瓢箪棚(夕顔棚)上での立ち廻りがすっごく面白い!
瓢箪棚の上の立ち廻りシーン くさり鎌を振り回すヒロイン・お園と、名刀蛙丸を構える悪役・京極内匠 背後には、主遣いの吉田和生さんと桐竹勘十郎さん(前回の配役)の顔もぼんやりと。 |
【瓢箪棚の段】
武術の心得がある女性キャラクターとしては、女主人の仇討ちをする《加賀見山旧錦絵》のお初がいるけれど、文楽一の女剣士といえば、なんといっても本作ヒロインのお園。
しかもお園は身長六尺あまり(180センチ以上)の長身で怪力の持ち主でもあるという設定。
「瓢箪棚の段」では、くさり鎌をブルンブルン振り回して、父の仇・京極内匠に立ち向かうという、なんとも、いかつ~い美女なのです。
この瓢箪棚、なかなか凝った造りになっていて、お園との死闘の中で、京極内匠が棚から飛び降りるシーンは見どころの一つ。
内匠の主遣いと左遣いが、人形を操りながら呼吸を合わせてピョンと飛び降り、足遣いが瓢箪棚の背後から回り込んで、着地した人形の足もとにすかさず入り込むという、(内匠なだけに!)たくみな早業。
もちろん、舞台下駄は脱いでいたようだけど、主・左・足遣いともに相当な技術力を要すると思う。
【須磨浦の段】
瓢箪棚に先立つ「須磨浦の段」。前半は、お菊と愛児・弥三松との親子の情が描かれる。弥三松を撫でるお菊の手の優しいこと……。慈愛のこもった柔らかさが感じられ、人形の吉田勘彌さんと三輪太夫の動きと声が一体となって、しっとりしたお菊の性根を浮かび上がらせていた。
この愛情深い前半の描写があるからこそ、後半で京極内匠にいたぶられながら、なぶり殺しにされるお菊の哀れさと、彼女に横恋慕した内匠のサディスティックな残虐さが際立つ。
良い人形遣いは人形と面差しが似てくる気がする。吉田勘彌さんも、お菊の面差しとダブるようなところがあった。
【杉板墓所の段】
お待ちかねの毛谷村六助の登場。
「良い人形遣いは人形と面差しが似てくる」と書いたけれど、吉田玉男さんなんか、もう六助にそっくり!
眉間のシワから、眉の角度、への字に結んだ口の形まで、ほとんど分身といってもいいくらい。
それから、人形の重心の置き方。
六助の下半身の丹田あたりに重心が置かれ、座った姿勢の時もきちんと腰が入っていて、兵法の達人らしい構えが常にできている。
主遣いだけでなく、左遣いも差し金をギュッと引いて、膝に置かれた手で、六助の前のめりの姿勢を美しく決めている。
微塵弾正(じつは京極内匠)との御前試合の時も、いったんヒョイッと身をかがめて斬りこむときの、間合いと気合、呼吸の感覚も、剣術そのものの間合いと気合、息遣いが的確に再現されていて、さすが!
*主遣いと左遣いの熟達度の差をいちばん認識するのが、じっと静止している時。玉男さんなどは、静止している姿がほんとうに美しい。能の居グセにも通じる美しさ。額から流れる汗が目にしみて辛そうだけど、微塵も動かない。
それに対して、左遣いはどうしても時折動いてしまう。主遣いの動きがつかめず、フライングしそうになるのかもしれないけれど。
【毛谷村六助住家の段】
メジャーな段だけど、展開早っ!
虚無僧に扮して六助を斬りつけたお園が、相手の名を聞いたとたん、急にしおらしくなり、押しかけ女房気取りで頬かむりをして、立ち働く豹変ぶり。
(六助を婿に迎えて吉岡家を継がせるつもりだと、一味斎は生前、お園に言い聞かせていた。)
困惑していた六助も、お園が一味斎の娘だと知るやいなや、そばにあった茶碗で祝言の盃を酌み交わし、「女房殿」と呼びかける変わりよう。
そうかと思うと、家族の感動の対面の場面で、障子の立て付けがガタガタ悪くてなかなか開かないという芸の細かさ……こういうところで笑いを取るのも、大阪のノリやね。
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